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イケてる絵画の基礎構造



山田 はじめ
なぜ"いい絵"の描き方は説明されないのか
・具象的な"上手い絵"の描き方は詳細に分析されており、様々な方法で学習が可能	
 
・抽象的な"いい絵"は無数に存在するが、描き方は分かり易く説明されていない 
 	
 
・優れた画家はいい絵の描き方を明らかに掴んでいるが、それをはっきりと言語化	
 
 する事はなく、漠然とした暗黙知のままである	
 
絵の“良さ”を共有可能な状態へ分析・単純化できないか?
すでに"いい絵"は分析され尽くされている
ミニマル・アートにおいて絵画の構造は徹底的に研究・検証済みでは?	
 
 ・いい絵の前に立つと鑑賞者は作品をじっくり眺めてしまうが、彼らは逆に	
 
  じっくり鑑賞してしまう構造を作品に与えることで、最小限の要素だけで	
 
  絵画を成立させることを実現しているのではないか
"いい絵"の仮定義
 心理的要素・歴史的文脈を一旦全て無視して、作品を視覚効果・構造という観点から一律に分析するために	
 
 定義付けを行う	
 
いい絵の定義:	
 	
  鑑賞者の視線を惹き付け、捕まえる能力に優れた絵画	
 
  これができなければ鑑賞が成立せず、評価の対象にすらならない	
 
いい絵の基礎構造: 	
 鑑賞者の眼を惹き付ける機能のこと	
 
  ※いい絵の基礎構造があって初めて、コンセプトや個性、メッセージなど、	
 
   作品の差別化に重要な要素を鑑賞者へ届ける事ができる
作品分析力の向上	
 
	
 	
 	
 ・自分の絵画の強みや足りない部分を自覚しやすくなる	
 
	
 	
 	
 	
 ・他者の作品に組込まれているアイデアや技術を理解しやすくなる	
 
新しいアイデアの促進	
 
・作品の持つ視覚効果以外の要素をあえて無視することで、既存の技術や手法、	
 
 モチーフが持つ意味に縛られることなく多角的な分析を行いアイデアの発見を促す。
いい絵の基礎構造を知る事でできること
"いい絵"の基礎構造
鑑賞者の視線を惹き付け、捕まえる為の3つの柱
画面に奥行きを持たせる事で、鑑賞者の視線を作品内部へと     
引き込み、画面に没入させてしまう	
 
・物理的要素	
 
 厚みを持たせる、半透明な画材を重ねるなど物理的に画面に奥行きを持たせている要素
 	
 
・非物質的要素	
 
 遠近法などに基づいて仮象空間を描いたり、グラデーションやコラージュなどによって
   	
 
 画面に奥行きを感じさせている要素。いわゆる絵画のイリュージョン。  
画面深度
・展示空間への干渉、もしくは作品自体が持つ空間によって
鑑賞者の 視界に飛び込み、包み込んだり圧倒することで視
線を捕まえる。	
 
・空間干渉	
 
 空間に影響を与え、変質させることで鑑賞者の視界に作品をねじ込む	
 
・作品面積	
 
 作品自体の巨大なサイズにより、鑑賞者を半強制的に作品と対峙させる。	
 
 	
 組作品としての展示やインスタレーション的展示方法でも同じ効果を期待できる
作品空間
・鑑賞者の注意が画面に向くきっかけを作ったり、視線の流れを画面  	
 
 内に設けることで鑑賞者の視線をコントロールする。	
 
・視線導入点	
 
 印象的なモチーフ、鮮やかな色などにより、鑑賞者が画面を観る際の入口となる要素。	
 
 視線を捕まえるフックの役割を果たす。	
 
・視線導線	
 
 画面全体を鑑賞させる為に視線の道路をつくったり、視線の流れにループ構造や	
 
 迷路構造を生み出すことで画面内に捕まえてしまう
視線誘導
基礎構造のポイント
・3つの基本構造は別個の柱である。	
 
 全てを備えていても、一つの要素だけに特化していてもいい絵は成立する。	
 
・基本構造がしっかりとした作品は豊かな視覚効果を持った絵になる	
 
・僅かな要素だけでもバランスによって優れた視覚効果を得ることも可能である	
 
・特定の画材や手法である必要はなく、活用次第で全てが基礎構造となり得る。	
 
・意図せずに絵画の基礎構造を持っている“野生の絵画”も存在する
伝統的な画材は使用していないが、画面に深度を
与えている色付きガラスと、強力な視線導線とな
るホースによって	
 
絵画的な機能が組み込まれている。
Evan	
 Roverts
シワを描いているだけなので画面深度しか与えて
いない様にみえるが、ハーフトーンで描かれてい
るため接近するとイメージが溶けて抽象的な画面
に変わる。その2重のピントが近づいたり離れた
りの鑑賞を促す視線誘導効果を持つ
Tauba	
 Auerbach
COPE2
様々な手法・画材を多層的に使用している上に、描い
たモチーフを自分で容赦なく潰しているため、非物質
的なイメージとしても多層性を感じる画面となってい
る。また、文字や伸びやかな線と絵具のドリップが生
み出す視線誘導効果も強い。
壁画の様に巨大な画面にパースの効いた線
的モチーフを	
 
多層的に重ねており、誰にでも響く様なリ
ッチな画面へと仕上げている。放物線の持
つ視線誘導効果も強い	
 
Julie	
 	
 
	
 	
 Mehretu
Barnett	
 Newman
その他の殆どの要素を捨て去り、画面の巨大さのみ
で圧倒する。	
 
Zipと呼ばれる縦線は、横長の作品では視線導入点
としても機能するが、画面の上端から下端までに視
線を向けさせることで作品の巨大さを更に強調して
いる
Ellsworth	
 Kelly
画面深度を完全に放棄しているが、	
 
シェイプド・キャンバスにより作品自身
が視線導入点・視線導線の役割を果たす
ことで展示壁面に視線が拡がる様な視覚
効果を持っており、ただの白壁を作品の
余白として変質させ取り込んでしまって
いる。
Brice	
 Marden
視線導線となる曲線が迷路構造になっており、
更にその輪が多層的に重なっているため、一度
観るとしばらくは画面内を彷徨い続けてしまう
構造になっている。	
 
また各線は画面端で自然に連結している
Christopher	
 Wool
普通の文章なら意味がすっと入ってくるので絵画的鑑賞体験は
生まれないが、	
 
字の間隔と改行位置によって意図的に読みづらくなっており、
鑑賞者は画面いっぱいに書かれた文字列を上から下まで絵画の
様にじっくり観てしまう構造になっている。 また、かろうじ
て読める単語の部分は視線導入点として眼を惹きつける	
 
フックの役割も果たしている
Takashi	
 Murakami
代表的な視線導入点である顔に対して、さらに花
びらの集中線が加わっている。視線導線で眼を捕
まえた後、視線導線を使って画面全体に視線を連
れていくのがセオリーだが、村上作品は視線導入
点で埋め尽くすことにより画面全体に視線が行き
渡る構造になっている。
Geological	
 Map	
 (Moon)
月の地質図は複数の要素をわかり易く区別するために
ビビットな色で塗り分けた地図だが、色分けされたク
レーターが大量の視線導入点となっており、意図せず
に村上隆の作品と似た絵画の基礎構造を持ったイメー
ジになっている。他の地形図も絵画としてイケてるの
で “Geological	
 map”	
 で検索してみてください
工事現場のドラム缶
鉄の錆と汚れが画面に非物質的深度を生み出しており、横方向
への視線導線となるドラム缶の節もあるが、ペンキが更にもう
一枚のレイヤーを生み出すと共に視線導入点と重力方向の視線
導線にもなっており、粗末に扱われているのに絵画として見る
とリッチな画面を持っている。なお、日本人が言うところの渋
さや侘びは、表面の画面深度のことを指している可能性が高
い。
作品プランへの応用
分析だけでなく、作品制作時のアイデアを考える基準としても活用できる。	
 
例;ドット絵の特徴を列挙し、絵画の基礎構造を構築する上での効果を考え
る	
 
・画面がペラペラである ・PC上で簡単に描ける ・コピペ・改変が容易 ・手描きは逆に大変	
 
・ドット絵の斜線の持つ特徴的な視覚効果 ・容量が軽い ・非物質的 ・拡大・縮小しながら鑑賞できる	
 
以上のことから、作品空間と物理的画面深度を与える事は難しいので、視線誘導と非物質的
深度	
 
よって画面を構成する方が効果的にドット絵の強みを活かせる事が分かる	
 
 ※もちろん、手描きなどのアナログ的手法で弱点を補完する戦略もアリ。
ドット絵の案:	
 	
 Pexcel(仮)

ドット絵の利点を活かすことを目的とした絵画。ドット絵
の斜線は拡大すると四角の集合体であるため画面に2重の
ピントが生まれ、サイズを変えながらの鑑賞を促しやす
い。また、流れ出た液体のような疑似パースと色のコント
ラストによって奥行きのある画面をつくる。何よりExcel
の関数計算で描いてるので、無限のヴァリエーションを	
 
1クリックで自動描画させることが可能。
まとめ
・絵画の基礎構造は作品に何かが足りないという時の対処法や、新しい技術や手法の効果的な使い方
を考える際の指標にすることができる。	
 
・絵画の普遍的な部分にまつわる分析でありどんなジャンルのアーティストにもある程度あてはまる
ので、アドバイスや意見交換などが容易になる	
 
・一人で考えたものなので、大勢の意見を取り入れてより良い基準に改善する必要がある	
 
・あくまでも一つの基準に過ぎないので、客観的分析がこの視点のみでできる訳ではない。	
 
・いいだけの絵ではつまらない。更に新鮮かつ画期的なアイデアを乗せなければ”イケてない“

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