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診療室


                 わ         か   り    や     す               い    カ    タ     チ

              松波登記臣†(名古屋市獣医師会・松波動物病院メディカルセンター)

 私がアフリカ・ウガンダ共和国で仕事をしていたこ                        ことができた.研究生活を通じ,常に意識しなければい
ろ,日本では「ウガンダで新型エボラウイルスが発見さ                       けないことは大変多い.だがその中でも強く意識してい
れた.」という報道がされており,私はそれを帰国して                       たのは「わかりやすさ」であった.その,「わかりやす
から知ったという,そんな情報音痴の自分が,人類発祥                       さ」を追求した結果,論文や学会発表,そして数々の賞
の地で駆けずり回っていたのは記憶に新しい.それから                       という『カタチ』として,世に出回り,発信され,多く
と言うもの,私は自分を啓発したかのように,常に新し                       の方に知ってもらえたことは,心から嬉しかった.
い情報を,現場に赴き直接仕入れ,それを「わかりやす                                 現在,名古屋にある松波動物病院メディカルセンター
いカタチ」にすることにこだわり始めた.                             にて勤務医をしている.「研究をしていた,それも基礎
 帰国後,大学院で研究に没頭した.獣医学研究にいる                       研究をしていた獣医師が臨床をしているのか?」と研究
にもかかわらず,研究内容は『医学系』な基礎研究.近                       時代の仲間たちはよく口にする.それに対し私は「臨床
年ペットの世界でもにわかに注目を集め始めている「メ                       は面白いですよ.もしかしたら『わかりやすさ』が一番
タボリックシンドローム」が私の研究テーマ.実際のと                       求められる世界なのかもしれません.」と,繰り返し答
ころは,それほど華々しい内容ではなく,メタボリック                       えている.
シンドローム関連疾患である糖尿病や脂肪性肝炎などの                                 アフリカ,そして研究で経験し,そこから養うことが
疾患モデル動物を作製するというものだ.                             できた様々な知識,そして能力は,別の分野でも発揮さ
 実に研究は面白い.実に研究は単純だ.それは,研究                       れる.「生物多様性」の普及啓発.研究に没頭しながら
は「情報が命」という世界でもあり,ライバルが多い内                       も,非営利な活動にも力を注いだ.きっかけは単純だっ
容では,毎日スピード勝負であり,獣医師でもある自分                       た.「多種多様な生きものたちを守るのは,獣医師とし
が“医学系”の世界に足を踏み入れてしまった,という                       ての使命」.この言葉を知ったときからその想いを抱い
のが当時の印象であった.その思いは現実となる.研究                       ていた.旧・生物多様性条約市民ネットワーク(現・
の失敗の連続,論文が通らない日々,学会では支離滅裂                       CEPA JAPAN)という NGO に所属すると,私はその組
な質疑応答を繰り返す醜態を披露し,そして新しい疾患                       織の中にある普及啓発作業部会というワーキンググルー
モデル動物を世に送り出せないもどかしさ,正直退屈な                       プに配属された.その作業部会には,政府機関,民間企
日々を過ごしていた.しかし,そんな私でも,「情報収                       業,自治体及び NPO など,その業界業種の中で,第一
集」だけは怠らなかった.気がつくと,自分の研究分野                       線で活躍している,「有志」の集まりだった.皆の目的
以外の文献も読み漁っていた.その際,とあることに気                       は一つだった.『生物多様性』という言葉を普及啓発し
                                                       「
がつく.
   「これだ」
       .今流行っている研究分野を徹底的に                        たい」.そのワーキンググループで活動していく中,私
調べ,さらには,いつ世の中に出てきたのかも同時に調                       は,とあることに再び気がつく.それは「わかりやす
べる.その結果,今流行っている研究の理由が明確に分
かってくる.それは,テーマだったり,目的だったり,                         zzzzzzzzzzzzz
                                                zzzzzzz




                                                                                 zzzzzzz




材料及び方法だったり,…そして「わかりやすさ」だっ                                     松 波 登 記 臣
たりした.                                                     ―略 歴―
                                                          2007 年 日本大学卒業
 それらを意識し,再び研究に勤しんだ.それからとい
                                                          2011 年 日本大学大学院卒業
うもの面白いように研究結果が出たり,執筆する論文が
                                                          同 年 松波動物病院メディカル
受理されたり,また博士課程を修了するまでに 6 報も執                                      センター勤務
筆することができた.また,獣医系はもちろんのこと,
医学系学会にもお声を掛けていただくなど,多くの学会
に参加することができ,また大変名誉ある賞もいただく
                                                  zzzzzzzzzzzzz

† 連絡責任者:松波登記臣(松波動物病院メディカルセンター)
        〒 467h0027 名古屋市瑞穂区田辺通 5h2h11 蕁 052h833h1111 FAX 052h833h1112
                                     E-mail : tokio_matsunami@matsunami.co.jp

 日獣会誌 65   97 ∼ 98(2012)                   97
さ」だった.そこでは,広報・ PR の専門家たちが,定          び条件に問題意識を持っており,少しずつではあるが活
性的に多く集まったモノ(情報)や想いなどを,「わか            動をし始めている.それがいつ「カタチ」となって世の
りやすい」カタチにして,それぞれのフィールドで発信            中に発信され,影響を与えるものになるかは,私自身も
していった.その後,それら活動と成果が認められ,             分かってはいない.だが,この活動に対しても,今まで
我々は生物多様性条約第 10 回締約国会議(COP10)に        以上に,「わかりやすさ」を追求していくつもりだ.も
正式に参加することができた.                       う一度,強く言いたい.「想い」だけではカタチにはな
 私はいつも思う.「わかりやすさ」は『カタチ』にな            らない.実際に行動し,情報を収集し,それら正しい知
る.それが,上記活動を経験したことで,私自身が養っ            識を用いて,「わかりやすく」,そして,『カタチ』にし
たノウハウでもある.                           ていかなければ,モノ(情報)も想いも,決して多くの
 現在,私は,獣医師の「仕事と生活の調和(ワーク・            人や組織に対し,“共感”を生むことはなく,人の心に
ライフバランス),つまり“働き方”を含む労働環境及
       」                             も届かないものになってしまうのだ.




                                98

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日本獣医学雑誌「わかりやすいカタチ」

  • 1. 診療室 わ か り や す い カ タ チ 松波登記臣†(名古屋市獣医師会・松波動物病院メディカルセンター) 私がアフリカ・ウガンダ共和国で仕事をしていたこ ことができた.研究生活を通じ,常に意識しなければい ろ,日本では「ウガンダで新型エボラウイルスが発見さ けないことは大変多い.だがその中でも強く意識してい れた.」という報道がされており,私はそれを帰国して たのは「わかりやすさ」であった.その,「わかりやす から知ったという,そんな情報音痴の自分が,人類発祥 さ」を追求した結果,論文や学会発表,そして数々の賞 の地で駆けずり回っていたのは記憶に新しい.それから という『カタチ』として,世に出回り,発信され,多く と言うもの,私は自分を啓発したかのように,常に新し の方に知ってもらえたことは,心から嬉しかった. い情報を,現場に赴き直接仕入れ,それを「わかりやす 現在,名古屋にある松波動物病院メディカルセンター いカタチ」にすることにこだわり始めた. にて勤務医をしている.「研究をしていた,それも基礎 帰国後,大学院で研究に没頭した.獣医学研究にいる 研究をしていた獣医師が臨床をしているのか?」と研究 にもかかわらず,研究内容は『医学系』な基礎研究.近 時代の仲間たちはよく口にする.それに対し私は「臨床 年ペットの世界でもにわかに注目を集め始めている「メ は面白いですよ.もしかしたら『わかりやすさ』が一番 タボリックシンドローム」が私の研究テーマ.実際のと 求められる世界なのかもしれません.」と,繰り返し答 ころは,それほど華々しい内容ではなく,メタボリック えている. シンドローム関連疾患である糖尿病や脂肪性肝炎などの アフリカ,そして研究で経験し,そこから養うことが 疾患モデル動物を作製するというものだ. できた様々な知識,そして能力は,別の分野でも発揮さ 実に研究は面白い.実に研究は単純だ.それは,研究 れる.「生物多様性」の普及啓発.研究に没頭しながら は「情報が命」という世界でもあり,ライバルが多い内 も,非営利な活動にも力を注いだ.きっかけは単純だっ 容では,毎日スピード勝負であり,獣医師でもある自分 た.「多種多様な生きものたちを守るのは,獣医師とし が“医学系”の世界に足を踏み入れてしまった,という ての使命」.この言葉を知ったときからその想いを抱い のが当時の印象であった.その思いは現実となる.研究 ていた.旧・生物多様性条約市民ネットワーク(現・ の失敗の連続,論文が通らない日々,学会では支離滅裂 CEPA JAPAN)という NGO に所属すると,私はその組 な質疑応答を繰り返す醜態を披露し,そして新しい疾患 織の中にある普及啓発作業部会というワーキンググルー モデル動物を世に送り出せないもどかしさ,正直退屈な プに配属された.その作業部会には,政府機関,民間企 日々を過ごしていた.しかし,そんな私でも,「情報収 業,自治体及び NPO など,その業界業種の中で,第一 集」だけは怠らなかった.気がつくと,自分の研究分野 線で活躍している,「有志」の集まりだった.皆の目的 以外の文献も読み漁っていた.その際,とあることに気 は一つだった.『生物多様性』という言葉を普及啓発し 「 がつく. 「これだ」 .今流行っている研究分野を徹底的に たい」.そのワーキンググループで活動していく中,私 調べ,さらには,いつ世の中に出てきたのかも同時に調 は,とあることに再び気がつく.それは「わかりやす べる.その結果,今流行っている研究の理由が明確に分 かってくる.それは,テーマだったり,目的だったり, zzzzzzzzzzzzz zzzzzzz zzzzzzz 材料及び方法だったり,…そして「わかりやすさ」だっ 松 波 登 記 臣 たりした. ―略 歴― 2007 年 日本大学卒業 それらを意識し,再び研究に勤しんだ.それからとい 2011 年 日本大学大学院卒業 うもの面白いように研究結果が出たり,執筆する論文が 同 年 松波動物病院メディカル 受理されたり,また博士課程を修了するまでに 6 報も執 センター勤務 筆することができた.また,獣医系はもちろんのこと, 医学系学会にもお声を掛けていただくなど,多くの学会 に参加することができ,また大変名誉ある賞もいただく zzzzzzzzzzzzz † 連絡責任者:松波登記臣(松波動物病院メディカルセンター) 〒 467h0027 名古屋市瑞穂区田辺通 5h2h11 蕁 052h833h1111 FAX 052h833h1112 E-mail : tokio_matsunami@matsunami.co.jp 日獣会誌 65 97 ∼ 98(2012) 97
  • 2. さ」だった.そこでは,広報・ PR の専門家たちが,定 び条件に問題意識を持っており,少しずつではあるが活 性的に多く集まったモノ(情報)や想いなどを,「わか 動をし始めている.それがいつ「カタチ」となって世の りやすい」カタチにして,それぞれのフィールドで発信 中に発信され,影響を与えるものになるかは,私自身も していった.その後,それら活動と成果が認められ, 分かってはいない.だが,この活動に対しても,今まで 我々は生物多様性条約第 10 回締約国会議(COP10)に 以上に,「わかりやすさ」を追求していくつもりだ.も 正式に参加することができた. う一度,強く言いたい.「想い」だけではカタチにはな 私はいつも思う.「わかりやすさ」は『カタチ』にな らない.実際に行動し,情報を収集し,それら正しい知 る.それが,上記活動を経験したことで,私自身が養っ 識を用いて,「わかりやすく」,そして,『カタチ』にし たノウハウでもある. ていかなければ,モノ(情報)も想いも,決して多くの 現在,私は,獣医師の「仕事と生活の調和(ワーク・ 人や組織に対し,“共感”を生むことはなく,人の心に ライフバランス),つまり“働き方”を含む労働環境及 」 も届かないものになってしまうのだ. 98