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〈共同研究〉
地域研究者と地域実務者が協働して挑む複合科学的なアフリカ・リプロダクション研究
リベリアの母子保健
中 嶋 秀 昭
1.はじめに
西アフリカに位置するリベリアでは1989年から
2003年まで14年間にわたって内戦が繰り広げられ、
この終結後は国際社会の支援によって復興が進め
られている。我が国は戦前に無償資金協力や
JICA の青年海外協力隊等を通じてリベリアに協
力を行っていたが、内戦中はこれを中断した。
2007年に二国間協力を再開し、現在、母子保健、
インフラの分野で支援を実施している。報告者は
戦後初の母子保健分野の JICA 企画調査員として
リベリアに 2 年半以上の間、駐在している。同国
の母子保健に関する日本語文献は乏しく、本報告
では最新状況を概括的に述べる。本報告が関係
者・関心をもつ方々の参考になれば幸いである。
2.リベリアの概要
リベリアは西アフリカに所在するアフリカ最古
の共和国である。アメリカにおける奴隷解放運動
を受けて解放奴隷の新天地として選ばれ 2 )、
1847年に独立を宣言した。
入植した解放奴隷はアメリコ・ライベリアン
(Americo-Liberian)と呼ばれ、先住民に文明を
もたらし教化する者として先住民を抑圧し、自身
を唯一の 市民 と憲法で位置づけて政治経済を
支配した。1930年から 5 年間、奴隷をスペインに
輸出しているとして米国・英国から外交関係を断
絶され、国際連盟からも奴隷制を温存している国
家として非難された。
しかしながら、一党(True Whig Party)独裁
体制の下、リベリアは治世が安定した国との印象
を 与 え、ウ ィ リ ア ム・タ ブ マ ン(William
<データ 1 )>
面積:111,370平方キロメートル(日本の約 3 分
の 1 )
人口:約410万人
民族:ゴラ族、クペレ族、クル族、バサ族等16
部族
言語:英語(公用語)、その他各部族語
宗教:国民の 90% が伝統宗教、その他にキリス
ト教とイスラム教
主要産業:鉱業(鉄鉱石、金、ダイヤモンド)・
農林業(天然ゴム、木材)
GNI:9.96億米ドル( 1 人当たり240米ドル)
経済成長率:6.7%
物価上昇率:8.7%
リベリア
図 1 .リベリア地図
出典:http://wikitravel.org/ja/(2013年 3 月 9 日 ア
クセス)
Tubman)大統領の統治下(1944〜71年)には米
国 の ゴ ム 製 造 企 業 で あ る フ ァ イ ヤ ー ス ト ン
(Firestone)社 3 )や鉄鉱石採掘企業等からの投
資が増大し、プランテーション経済の最盛期を迎
えた。このような状況においても大半の先住民族
には恩恵はなく、政治経済的参加機会は閉ざされ
たままでアメリコ・ライベリアンとの社会格差が
拡大し、先住民族の不満は高まっていった。タブ
マ ン の 後 を 継 い だ ウ ィ リ ア ム・ト ル バ ー ト
(William Tolbert)大統領はさまざまな改革を実
行したものの、少数派のアメリコ・ライベリアン
による支配体制は温存され、汚職が蔓延し、先住
民族を強権的に抑圧し続けた。このような中、
1980年に先住民族出身であるサミュエル・ドウ
(Samuel Doe)によるクーデターによりトルバー
トは失脚、大臣達とともに殺害された。
ドウの大統領就任によりリベリアでは先住民族
が初めて政治権力を握ることとなったが、ドウは
自身の民族を優遇して取り巻き政治を行ったため、
民族間の争いが激化し、資本は海外逃避し、汚職
は改まらず、リベリア経済は弱体化した。1989年
にチャールズ・テーラー(Charles Taylor) 4 )が
蜂起、内戦が勃発した。テーラーから分派したド
ウ政権によって抑圧された民族出身のプリンス・
ジョンソン(Prince Johnson) 5 )がドウを処刑し、
その後、2003年まで14年間、テーラー派、ドウの
支持軍、ジョンソン派やその他の分派の間で泥沼
の内戦が行われ、27万人の人々が犠牲となり、79
万人が難民・避難民となった。
2005年に実施された大統領選挙でエレン・ジョ
ンソン・サーリーフ(Ellen Johnson-Sirleaf)が
アフリカ初の民選女性大統領に就任、現在、 2 期
目を務めている。平和構築・維持、復興のため、
現 在 も 国 連 平 和 維 持 活 動(peacekeeping
operation : PKO)が展開されている。
3 .母子保健の現況
⑴ 前提
内戦により多くの医療保健施設も破壊されたり
維持管理ができなくなったりした。戦前には計
550施設が存在していたのが、戦後は稼動可能な
施設数は354に減少したと言われている 6 )。
内戦終結後、リベリア政府は貧困削減戦略
(Poverty Reduction Strategy: PRS)に 沿 っ た
2007年から2011年までの 4 ヶ年次の保健政策・計
画(National Health Policy and Plan)を策定し、
適切な質の基礎的保健サービスへのアクセスの
拡充 公平で効果的・効率的・持続的な保健シ
ステムの基盤構築 を目指して 7 )、保健システ
ムの各基盤(サービス供給(Service delivery)、
資 機 材・技 術(Medical products, vaccines and
technologies)、人 材(Health workforce)、財 源
(Health systems financing)、情 報(Health
information system)、リーダーシップとガバナ
ンス(Leadership and governance))の強化に取
り組み、これに対して国際社会が支援を行ってい
る。
現在、上記政策・計画の後継版として2011年か
ら2021年までの10ヶ年次の保健・社会福祉政策・
計画(National Health and Social Welfare Policy
and Plan)が施行されている。
旧政策・計画においては国民に提供すべき基礎
的 保 健 サ ー ビ ス(Basic Package of Health
Services: BPHS)を設定した。新政策・計画では
内容を拡大・充実化させ、保健サービス基本パッ
ケ ー ジ(Essential Package of Health Services:
EPHS)としている。表 1 に両者についてまとめ
る。
⑵ 母子保健の現況
途上国開発の2015年までの世界的目標である国
連ミレニアム開発目標 (Millennium Development
Goal: MDG) 9 )ではその 4 番目を 子どもの死亡
率を減らす(Reduce child mortality)(1990年時
点に比して2015年時点で 5 歳未満児の死亡率を 3
分の 2 削減する)、 5 番目を 妊産婦の保健状況
を改善する(Improve maternal health)(1990年
時点に比して2015年時点で妊産婦の死亡率を 4 分
の 3 削減する)と設定している。
リベリアでは乳児死亡率は世界で27位、 5 歳未
満児死亡率は同33位、妊産婦死亡率は同 7 位の高
率であり10)、特に妊産婦死亡率低減に対する取
り組みが喫緊の課題である。同国も母子保健を重
220 社会科学研究年報
2012 No. 43
視し、これの改善に注力している。
図 2 にそれぞれの指標の近年の推移を示す。
5 歳未満児死亡率については MDG を達成でき
そうな見通しである半面、乳児死亡率に関しては
困難であると考えられる。関連して、はしかの予
防接種にかかる MDG も設定されており、100%
の接種率を目標としているが12)、現在は 70% 未
満であり13)、多大な政府の努力とこれに対する
支援が必要である。全般的な乳幼児死亡の背景に
は施設の不備・人材の能力不足・施設へのアクセ
スの悪さが障害となっている14)。妊産婦死亡に
かかる状況については次に詳述する。
⑶ 妊産婦にかかる状況と課題
妊産婦の死因は図 3 の通りである。
これらの要因の大半は妊産婦ケアへのアクセス
と質を高めることで改善可能である。たとえば、
現在、79% の妊婦が産前健診を受けており、う
ち 60% が妊娠第 1 期から、半数以上が妊娠期間
を通じて 4 回の産前健診を受診している16)。ま
た、適正技術をもった保健従事者による分 介助
の割合は 44% である17)。
これらの割合を向上させることが必要であるが、
施設で適正技術を持った従事者に診療・ケアや分
介助を行ってもらうことへの妊婦やその家族の
判断の遅れが生じるケースがある。このような
ケースには妊婦の教育レベル、家庭内での地位、
文化的信奉や異常に対する意識(合併症について
自然現象ではなく、どこまで深刻なものとして捉
えるか)等が影響しているが、施設からの距離、
施設でのケアの質、費用を支払えるか否かという
ことも判断の背景となる。また、妊娠・出産時の
異常を隠して自分達で伝統的手法に則って対処し
ようとする傾向もある18)。
妊産婦が施設に行くことや妊産婦を施設に搬送
することが困難なケースも多い。施設への交通手
段は徒歩、手押し車、ハンモック、タクシー、市
リベリアの母子保健(中嶋) 221
8)
表 1 .BPHS と EPHS の内容
222 社会科学研究年報
2012 No. 43
図 2 .母子保健指標11)
場への往復に使われるトラック等であるが、住居
が施設からあまりにも離れていたり道路が悪路で
あったりする場合、タクシーを使用せざるを得ず、
費用が支払えない、特に夜間でタクシーを確保す
ることが困難で割増料金を払わねばならないとい
ったことにより施設への移動・搬送が遅れること
になる19)。さらに、施設に着いても適切な従事
者が不在であったり必要な資機材・薬剤がなかっ
たりして対応が遅れるケースもある20)(こうし
た状況に対する政府の施策については 4 ⑴(a)
〜(c)に詳述)。
加えて、妊産婦が適切な診療・ケア・分 介助
を受けない背景には他に下記が挙げられる21)。
医療保健施設に対する不信(医療保健従事者の
対応・態度が不十分、男性医療保健従事者によ
る診療への嫌悪)
中絶を行いたいため
家事・仕事で多忙
産前健診の実施スケジュールを把握していない
薬剤の副作用に関する誤解、栄養不足による薬
剤の副作用
状況の改善には啓発の強化も必要である。
一方、産褥婦の 7% のみしか出産後 4 〜24時間
以内に産褥ケアを受けておらず、他 30% はまっ
たく同ケアを受けていない22)。妊産婦の最大の
死因である産褥出血はこの状況にも起因すると考
えられるが、このケアに関する人々の主要な認識
は過度の出血や感染が見られたり、重篤状態であ
ったりしない限りは施設を利用しないというもの
である。その他の施設利用の理由は新生児の予防
接種や健診である23)。
また、中絶が主な死因の 1 つであり、これを行
いたいために施設サービス・ケアを利用しない女
性が多いということは望まない妊娠が多いという
ことであり、これは10代女性の 38% が妊娠し、
うち思春期女性の妊娠の大半の結果が中絶となる
という事実24)に表れている。また、保健社会福
祉 省(Ministry of Health and Social Welfare:
MoHSW)が 6 つの州を対象にして実施した調査
では望まない妊娠をした女性の 30% 以上が危険
な中絶を行っている25)。さらに、死亡した妊婦
の 21% が15歳から19歳の年齢層の女性であり26)、
この年齢層の死亡率が高いのは身体・精神的な体
制が整っていないことの他に、国連リベリアミッ
シ ョ ン(United Nations Mission in Liberia:
UNMIL)の調査27)によると、対象者の 1.7% が
レイプ被害の経験をもち、22% がレイプ被害者
を知っているとの結果28)で、レイプ被害者全体
の 7 割近くを10歳から19歳の少女が占める現
状29)において、レイプによって望まない妊娠を
行った多数の少女の中で危険な中絶に踏み切って
いる者もいるということが推測される30)。
加えて、妊産婦の間接的死因として貧血・マラ
リアが挙げられる。62% の女性が貧血症状を有
している31)。マラリアは国民全体の 4 割以上が
感染する主要疾病である32)が、2011年のマラリ
ア 指 標 調 査(Liberia Malaria Indicator Survey:
LMIS)33)によると、対象女性の 91.5% はマラリ
アが予防可能であると認識しているものの、80.
1% が蚊帳を予防法として知っており34)、妊婦の
40.2% のみが蚊帳を使用している35)。また、49.
6% の妊婦のみが健診中に推奨される間欠治療
(Intermittent Preventive Treatment of Pregnant
Women: IPTp)36)を受けている37)。その他の妊
婦のうちの多くは市販薬剤による治療を行ってい
リベリアの母子保健(中嶋) 223
図 3 .妊産婦死亡の内訳15)
ると考えられるが、治療薬の多くは品質基準を満
たしていないという調査結果がある38)。IPTp の
利用促進が求められる。
また、困難な出産を乗り越えても、後遺症とし
てフィスチュラ(瘻孔:ろうこう)に苦しむ女性
も多い。尿・便失禁によって、彼女達は家族やコ
ミュニティーから疎外される傾向にある。フィス
チュラの症状としては他に泌尿器(腎感染症な
ど)、婦人科、整形外科、神経科(歩行困難)、皮
膚科(継続的な失禁によって生じる皮膚潰瘍形
成)、精神科にかかるものが挙げられる39)。フィ
スチュラは年間、600〜1,000件が新規に発生して
いると言われている40)。
そして、以上に関連して、合計特殊出生率が5.
2である41)半面、女性の 11% が妊娠回数、25%
が妊娠間隔の調節の必要性を認識している42)。
避妊具の普及率は 11% に過ぎない43)。リプロダ
クティブヘルスにかかる啓発とサプライチェーン
の強化が求められる。
なお、HIVについては幸い、他のアフリカ諸国
と比して感染率は低く、1.5% であるが、妊婦に
ついては 4. 0%(2008年時点:2006 年の 5.7%、
2007年の 5.4% から漸減傾向)である44)。感染の
背景には主に女性について性暴力(sexual and
gender based violence: SGBV)、貧困ゆえの生存
のための金品との交換の売春がある45)。これら
は上述の望まない妊娠、場合によっては合併症、
困難な出産、死亡・後遺症にもつながる。また、
HIV に感染した妊産婦・母親から子どもへの垂
直感染にも留意が必要であり46)、政府と国際社
会はこれの予防・治療に取り組んでいる。
4.政府・国際社会の取り組みと課題
(1)政府の取り組みと課題
(a)医療保健サービス供給体制
リベリアの医療保健施設には規模順にクリニッ
ク、ヘルスセンター、病院があり、前 2 者は一次
診療、後者は二次診療を担っている。具体的には、
クリニックおよびヘルスセンターでは乳児への予
防接種、乳幼児健診、産前・産褥健診、分 介助、
家族計画サービス、内科診療、病理検査、保健啓
発を行っており、病院においてはこれらに加えて
外科サービス(帝王切開等の産婦人科手術を含
む)が提供される。
医 療 保 健 従 事 者 と し て は 医 師、医 師 助 手
(physician assistant (PA))、看護師、助産師、看
護師助手(nurse aide)、検査技師、検査助手、
薬剤師等がいるが、医師は病院にのみ配置されて
おり、クリニックおよびヘルスセンターでは PA
が診療を行っている。
これらの人材については現在、医師数が82
人47)、看護師・助産師が978人、検査職員が115
人、環境・公衆衛生職員が40人である48)のに対
し、現行保健計画(2011年〜2021年)では2021年
時点でそれぞれ353人、4,980人、478人、183人に
増大させる計画である49)。人口千人当たり、現
在は医師が0.02人50)、看護師・助産師が0.274人、
検査職員が0.032人、環境・公衆衛生職員が0.011
人、従事しており、世界で最低レベル(特に医師
数が著しく少ない)である51)が、2021年にはそ
れぞれ0.0775人、1.093人、0.105人、0.040人とな
る予定である52)。
(b)施設へのアクセス・利用
3 (1)に紹介した BPHS の方針として、5km
(徒歩 1 時間)圏内に医療保健サービスにアクセ
スできることとされていたが、首都圏モンロビア
のような都市部を抱えたモンセラード州等以外の
大半の州において平均的にこの圏内でのアクセス
が不可能となっている。
このような現状に対し、政府は医療保健施設の
増設を計画している。具体的には、今後10年間で
全般的に施設数の増加、この中でいくつかの病院
に つ い て は 州 病 院 か ら 地 域 病 院(Regional
Hospital)への昇格、特に首都圏モンロビアを擁
するモンセラード州に関しては施設の統廃合(ク
リニックを統合し、ヘルスセンター/郡病院
(District Hospital)とする)が計画されている。
この背景には州によって 1 施設当たりの対象人口
に大きなばらつきがあり、対象人口に応じた施設
規模の適正化にかかるニーズがある。施設が管轄
する対象人口はクリニックについては3,500人か
ら12,000人、ヘルスセンターについては25,000人
224 社会科学研究年報
2012 No. 43
から40,000人、病院については約20万人とされて
いるが、いくつかの州においてはクリニックが限
度を超えた人数の診療を行っている。このような
状況に陥っているクリニックは全体の 10% であ
る半面、40% のクリニックは最低対象数未満の
人々に対処している53)。
上述の状況をまとめると、多くの場所において
適切な位置に適切な規模の施設が配置されていな
いということである。これに対して、現行保健・
社会福祉政策・計画では都市部においては施設を
拡大して大規模人口に対応し、過疎地においては
コミュニティーから 5km 圏内のアクセスを保証
するために小規模施設(クリニックやこれより小
さな service delivery point (SDP)(新設))を追
加設置したり、巡回診療の場としての SDP を置
いたりするとの方針である54)。したがって、全
国一律の施設設計は実情に応じたより柔軟なもの
に改訂され55)、全体として医療保健サービス供
給を強化するためのリソースの再配分が行われる
こととなる。
なお、医療保健サービスの公平性指標(Equity
Index)(全人口のうち保健サービスの利用が最
も少ない 25% の利用回数に対する利用が最も多
い 25% の利用回数の割合)は2010年のベースラ
イン値・2.39から1.81に低下しており56)、人々の
施設へのアクセス・利用における格差が縮小傾向
にあることを示している。
(c)人材
旧保健計画(2007年〜2011年)においては①一
括した人事計画を行うこと、②人材の業務の質を
向上させ、離職を減らすこと、③訓練を受けた従
事者を増やし、彼らの各地への公平な配置を促進
すること、④特に管理職においてジェンダー平等
に配慮した採用を行うこと、が定められた。しか
し、現状の課題として十全な人事計画・管理、特
に地方における人材の保持、適切な職種の人材の
配置、業務効率を改善するための人材増が残って
いる57)。
人事計画・管理については MoHSW は他省庁
に 先 駆 け て 2008 年 に 人 事 ユ ニ ッ ト(Human
Resources Unit)を設置し、同省においては人事
部長(human resources director)、州保健社会福
祉局(County Health and Social Welfare Team:
CHSWT)に は 人 事 担 当 者(human resource
officer)が配属された。この上でプールファンド
(以下(d)に詳細記載)の支援により人事情報・
給与システム(human resources information and
payroll system)が省内に置かれたが、このシス
テム活用のための研修を受けた職員がまだ少なく、
また、担当者は訓練されていない状況である58)。
これに対して、現行の保健計画(2011年〜2021
年)では Human Resources Unit を改編・人事再
配置を通じて強化する予定である59)。
人材保持については2007年に BPHS に基づい
た給与体系を整備したことが人材流出の防止に貢
献した。この上でいくつかの州においては業績に
よってボーナスを出す仕組みを取り入れている。
このことも人材保持に正の影響を及ぼすかもしれ
ない60)。加えて、現行保健計画では地方勤務の
従事者に住居のようなインセンティブを提供する
ことを企図している61)。
また、適切な職種の人材の配置に関しては上記
(b)にて述べたように、場所によって同レベル
の施設が対象とする人口に大きな差異があり、そ
れにもかかわらず、BPHS を提供するための画一
的な人材配置基準が固守されてきた。このような
状況に対して、対象人口が少ない等により労働負
荷が低い施設においては職員数を減らして、1人
の職員が複数の業務を受け持つ等のエビデンスに
基づいた人材配置が望まれる。また、EPHS の提
供に重要な役割を果たす PA や助産師の地方への
さらなる配属も必要である62)。
現状では政府と国際社会の努力・協力により以
下のような進 が見られる。
1,944人の医療保健従事者を雇用(うち 98% が
政府により給与支給、残り 2% は MoHSW が
手当を支払い)
握従事者数全体は2011年に比して8,320人から8,
072人に減少したが、これは非専門職の従事者
の減少(5,092人から3,716人)によるもので、
専門職従事者の割合は高まっている(38.80%
から53.96%63))
リベリアの母子保健(中嶋) 225
政府により給与が支給される従事者を5,147人
に拡大(うち3,861人は純粋に政府が支給、1,
286人はドナーの支援を得て支給)
以上も奏功要因の1つとして、人口1万人当たり
の技術を有する分 介助者数が5.7人(2010年
ベースライン)から6.7人に増加
ただ、コミュニティーの母子保健に関して、
2010年にリベリア財務省はボランティアに対する
手当支払いを停止することを決定した64)が、こ
のことにより重要な役割を担うコミュニティー保
健 ボ ラ ン テ ィ ア(general Community Health
Volunteer: gCHV)等のボランティアが政府の手
当支給対象から外れることとなった。現在、こう
したボランティアの中には NGO 等のプロジェク
ト要員として活動している者も多いが、母子保健
サービス供給の質を末端レベルまで担保するため
には gCHV 等の待遇をいかにしていくかという
ことが早急に真剣に検討されねばならない。
(d)財源
2009年度65)からはアブジャ宣言66)が目標とす
る国家予算の 15% の保健予算への充当を目指し
ていたが、国家予算の増大につれて保健予算も増
えているものの、保健予算が国家予算に占める割
合は2006年から2011年までの間、8% 弱〜11% 弱
の範囲内でとどまっている。
また、リベリアの医療保健サービス財源として
は大きく分けて政府支出、ドナーによる支援、そ
の他がある。少々古いデータであるが、2008年時
点では総額に対して政府支出額の割合は 16.34%、
ドナー支援額については 47.00%、その他は 36.
65% である67)。その他の財源が多くの割合で保
健にかかるコストを賄っている。うち 93% は個
人による負担である68)。このことにより、国民
1 人当たりの政府財源は4.8米ドルにすぎないの
に対して、全体では年間29米ドルが支出されてい
ることとなり、これは中西部アフリカの平均額
(28米ドル(2006年))とほぼ同程度である69)が、
WHO が望ましいとする34米ドルを下回る70)。
半面、政府の予算執行率が不十分であることも
課題である。2010年時点での執行率は 64%71)で、
これが2011年度には 88.2% に改善した72) が、
2021年時点で 95% に引き上げることを目指して
いる73)。
なお、ドナーによる支援の主たるものとして
プールファンドがあるが、これはユニセフ、英国、
アイルランド、スイス等がドナーである。このフ
ァンドは主に NGO による政府系施設の代行運営
や施設の改修・建設に充てられているが、地方分
権化・パフォーマンス評価契約(Performance-
based Contract: PBC)の 方 針 の 一 環 で ボ ミ
(Bomi)CHSWT に対しても支援を行っている。
他 方、米 国 の USAID は 2011 年 9 月 に MoHSW
と 4 年 間 で 4, 200 万 米 ド ル を 支 援 す る Fixed
Amount Reimbursement Agreement (FARA)を
締 結 し た。こ れ は PBC を 通 じ た NGO に よ る
サービス供給やモニタリング・評価に対して事後
払いで資金を提供するものである74)。
今後、ドナーによる支援の減少が想定されるこ
とやすでに大きな個人負担等により、他に財源を
確保することが必要であり、税金(付加価値税・
携帯電話使用に対する税金・たばこ税・アルコー
ル飲料税等)による財源の手当てや、一部の例外
を除く診療費徴収、これと並行したコミュニテ
ィー基金や社会保険の創設が模索されている75)。
その他、現行保健計画(2011年〜2021年)では予
算策定・執行・管理におけるステークホルダー間
の協力強化・効率化がうたわれている76)。
(2)国際社会の支援
内 戦 中 お よ び 終 結 後、国 際 赤 十 字 委 員 会
(International Committee of the Red Cross:
ICRC)や 国 境 な き 医 師 団(Médecins Sans
Frontières: MSF)等の国際救援組織が施設の運
営を支援した。
現在、国際社会は政府系施設の代行運営、資金
支援、資機材供与、インフラ整備支援、保健シス
テム強化支援を行っている。そのうち、ドナーの
中で貢献が大きい USAID とプールファンド(英
国 (DFID))の妊産婦保健にかかる方針を以下
に詳述する。
<USAID>
“Global Health Initiative” において全体的に以
226 社会科学研究年報
2012 No. 43
下のビジョンが挙げられている77)。
①保健システム強化のための全国的な能力向上・
技術支援への投資
② 3 つ の 主 要 対 象 州(ボ ン(Bong)・ロ フ ァ
(Lofa)・ニンバ(Nimba))に対する集中投資
③ 6 つの州(上記 3 州に加え、モンセラード州・
マーギビ(Margibi)州・グランバサ(Grand
Bassa)州)への戦略的投資
この前提の下、具体的介入として(1)サービ
スデリバリー改善、⑵保健システム強化、の方針
を打ち出しており、これらを実施するのに(a)
リベリアの保健システム活用強化(この 1 手段と
し て FARA(⑴(d)参 照)を 締 結)、(b)ス
テークホルダー協調を通じたセクター強化支援、
(c)モニタリング・評価・調査改善支援、(d)
他ステークホルダーへの説明、を挙げている78)。
母子保健については2015年までに妊産婦死亡率
を10万出生対795、合計特殊出生率を現時点の5.2
から5.0に減少させることに貢献するとしてい
る79)。具体的介入は以下の通りである80)。
(妊産婦死亡率低減)
技術をもった介助者による出産の増加
出産待機施設(maternity waiting home)
への支援
産褥出血件数を減らすためのコミュニテ
ィーを基盤とした薬剤(misoprostol)の
配布
コミュニティーの参画促進
死亡記録改善支援
(合計特殊出生率低減:家族計画促進)
MoHSW の能力向上支援
予防接種における家族計画処置の実施
手段の拡大
宗教指導者等の参画を通じた需要拡大
<DFID>
プールファンドを通じた DFID の資金の半分
が2013年に妊産婦死亡率を10万出生対760に減少
することに貢献することを目指している81)。保
健分野への拠出金は2011年度に 3 百万ポンド、
2012年度に 5 百万ポンド、2013年度に 4 百万ポン
ドの計1,200万ポンドとしている82)。これを通じ、
2014年 3 月までに140の医療保健施設が建設され、
稼動し、2,500人の従事者が研修を受けることが
企図されている。これのモニタリングは半年に1
度実施し、他ドナーによるモニタリングも活用す
るとのことである。また、政府・他ドナー・実施
機関と共同して効果測定し、援助の効率化と定期
報告を行う予定である83)。
5.我が国の取り組み
国際保健政策2011-2015において、母子保健に
関しては 妊産婦と新生児の死亡率削減のための
効果が証明されている保健サービスパッケージの
導入と,乳幼児の死亡率削減のための効果の高い
保健施策の拡大を通じ,妊産婦と乳幼児死亡率の
更なる低下を目指す との目標を掲げ84)、図 4
のような介入支援モデルを掲げている。そして表
2 に内戦終結後からこれまでの我が国によるリベ
リアに対する母子保健分野協力を列挙する。
以上の協力により、コミュニティーレベルでの
妊産婦・乳幼児の感染症罹患予防・保健向上、お
よびリベリアにおけるトップリファラル周産期対
応病院のハード・ソフト両面の機能回復に貢献し
た。また、保健システムにおいて重要な役割を果
たしている官僚・従事者がその強化・サービス供
給の改善にかかる知見を深めた。草の根無償の供
与を通じては、リベリアの主要なリプロダクティ
ブヘルス NGO のサービス強化を支援している。
ま た、地 方 分 権 化 の 方 針 に 沿 い、地 方 当 局
(CHSWT)による管轄下医療保健施設が提供す
るサービスのモニタリングの改善に対して協力し
ている。上記 EMBRACE を一度に網羅して実施
しているものではないが、各要所について重要な
協力を行っている。
以上に挙げた我が国と他ステークホルダーによ
る支援の相関を図 5 の通り示す。
リベリアの母子保健(中嶋) 227
228 社会科学研究年報
2012 No. 43
表 2 .これまでの我が国によるリベリアに対する母子保健分野協力
図 4 .EMBRACEモデル
出典:日本政府.(2010年9月). 国際保健政策2011-2015, p.6
6.母子保健の改善と平和構築
以上に見たように、リベリアにおいては課題は
まだまだ多いものの、母子保健分野の復興も政府
と国際社会の協同により進展している。内戦後の
復興と発展、平和の定着には子どもが安心して健
やかに成長し、彼らを守り育てる女性の心身の健
康が守られ、平和が脅かされる社会では特に脆弱
な子どもや女性の権利が保護・拡大される環境の
整備が礎となる。
Kapila(2007)によると平和構築における保健
協力の役割については下記が挙げられるとい
う85)。
⑴ 人々の保健という共通課題・関心は対立して
いる紛争当事者どうしを結び付ける
⑵ 紛争当事者に利他心を想起させる
⑶ 紛争当事者間の誤解を事実によって打ち消す
ことで相互信頼を回復させる
⑷ 紛争によって利益を得ている者という対決す
べき存在を顕在化させることで人々に自身を
回復させる
⑸ 人々に共通のアイデンティティーをもたらす
⑹ 医療保健従事者による要求・抵抗・運動は強
固なモラルを示し、社会や政治を動かしうる
これらは主に内戦時・直後に当てはまるもので
あるが、脆弱な立場に(意図的に)置かれてきた
女性と子どもに対する人道的支援の意義を如実に
表すものである。
リベリアの母子保健(中嶋) 229
図 5 .国際社会の支援の相関
※各ドナーから国連機関に対するマルチ支援については省略
また、グローバル化が進展した現代社会におい
て、 1 国の不安定化は近隣職国のみならず、世界
的 な 不 安 定 化 に 貢 献 し う る。Smith お よ び
MacKellar(2007)によると公衆衛生・保健の観
点では世界的流行を起こしうる感染症対策が国際
公共財(global public goods)であるという86)。
不安定な社会においては感染症が発生しやすく、
これに対して脆弱で、このような社会に蔓延する
HIV/エイズ、結核等、母子を脅かす感染症への
対策はまだまだ強化が必要である。そして、先進
国に住む私達にとってもこれらの感染症はけっし
て対岸の火事ではない。
対途上国支援、国際的文脈において、リベリア
に対する日本の支援も同国の安定化、平和構築・
維持、また国際公共財の生産・維持・増進に貢献
している。このことにささやかながら報告者も参
加する機会を与えられていることは望外の喜びで
ある。
注
1 )外 務 省 ウ ェ ブ サ イ ト(http: //www. mofa. go.
jp/mofaj/area/liberia/data.html(2013年 1 月 2 日ア
クセス))の情報の一部を修正・追記。
2 )リベリアの国章には”The love of liberty brought us
here”と書かれている。
3 )現在はブリヂストンが親会社。
4 )隣国シエラレオネの内戦に関与した罪で2012年に
国際刑事裁判所から50年の実刑判決を言い渡された。
5 )現在も上院議員である。アパルトヘイト後の南ア
フリカに倣って内戦後に設置された真実和解委員会
(Truth and Reconciliation Commission: TRC)の報告
書では Johnson は有罪であると勧告されている。た
だ、同報告書は内戦に関与した人物を30年間、公職
から追放すべきであるとも勧告しているが、この人
物の中に現職大統領も当初 Taylor を支援した事実に
対して含まれており、TRC の勧告はいずれも実施さ
れていない。
6 )Ministry of Health and Social Welfare(MoHSW).
(July, 2011). Country Situational Analysis Report, p.21
7 )MoHSW. National Health Policy National Health
Plan 2007-2011, p.5
8 )狂犬病やデング熱、住血吸虫症のような熱帯地域
特有の感染症。先進国では発生しないために対策支
援 や 研 究 が あ ま り 行 わ れ な い。リ ベ リ ア で は
onchocerciasis(糸状虫症)、lymphatic filariasis(リ
ンパ系フィラリア症)、schistosomiasis(住血吸虫
症)、soil-transmitted helminthes(蠕虫)といった寄
生 虫 症 が 挙 げ ら れ る(MoHSW. (June, 2011).
Essential Package of Health Services Phase One, p.14)
9 )2000年 9 月に国連で採択された開発にかかる目標
値。①極度の貧困と飢餓の撲滅、②初等教育の完全
普及の達成、③ジェンダー平等推進と女性の地位向
上、④乳幼児死亡率の削減、⑤妊産婦の健康の改善、
⑥HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延の防
止、⑦環境の持続可能性確保、⑧開発のためのグ
ローバルなパートナーシップの推進、について2015
年を目処に定めた目標(参考:http://www.mofa.go.
jp/mofaj/gaiko/oda/doukou/mdgs/about.html#mdgs_
list(2013年 1 月20日アクセス))
10)WHO ウェブサイト(http://apps.who.int/gho/data/?
vid=240#(2013年 1 月 2 日アクセス))
乳児・ 5 歳未満児死亡率は2011年、妊産婦死亡率は
2010年時点。順位は報告者が算出。
11)・乳幼児死亡率:1986〜2009年の指標および MDG
値については MoHSW. Situation of Health Financing
in Liberia, p.4、2010・2011年の指標については WHO
(http://apps.who.int/gho/data/?vid=240#)。基準年
は2000年。MDG の定義に従うと、目標値は乳児死亡
率について39、5歳未満児死亡率について64となる
(UNDP. (September 2010). Achieving 2015 Progress,
Prospects, Constraints Liberia’s Progress towards the
Millennium Development Goals(http: //web. undp.
org/africa/documents/mdg/liberia_september2010.
pdf(2013年 1 月20日アクセス)))が、ここでは政府
発表値を用いる。上記 UNDP の目標値を採用した場
合でも、 5 歳未満児死亡率については MDG を達成
できそうな見通しである半面、乳児死亡率に関して
は困難であるという見通しは変わらない。
妊産婦死亡率:1986〜2010年の指標については
MoHSW. Situation of Health Financing in Liberia, p4、
MDG 値については Ibid.
12)UNDP.(September, 2010). Achieving 2015
Progress, Prospects, Constraints Liberia’ s Progress
towards the Millennium Development Goals(http:
//web. undp. org/africa/documents/mdg/liberia_
september2010.pdf(2013年 1 月20日アクセス))
13)MoHSW. Annual Review Report National Health
and Social Welfare Plan Implementation, 2011-2012,
p.22
14)UNDP. (September, 2010). Achieving 2015
Progress, Prospects, Constraints Liberia’ s Progress
towards the Millennium Development Goals (http:
//web. undp. org/africa/documents/mdg/liberia_
september2010.pdf(2013年 1 月20日アクセス))
15)MoHSW. Maternal and Newborn Deaths Monthly
Report December 2010 – February 2011
16)MoHSW. (March 8, 2011). Road Map for
Accelerating the Reduction of Maternal and Newborn
Morbidity and Mortality in Liberia (July 2011 – June
2016), p.3
17)MoHSW. Annual Review Report National Health
230 社会科学研究年報
2012 No. 43
and Social Welfare Plan Implementation, 2011-2012,
p.12
18)Lori, J. R., Starke, A. E., A critical analysis of
maternal morbidity and mortality in Liberia, West
Africa. Midwifery (2011), doi:10.1016/j.midw.2010.12.
001(http://www.unfpa.org/sowmy/resources/
docs/library/R431_Lori_2011_Liberia_Maternal_
mortality_in_LIBERIA-Midwifery_2011. pdf(2013 年
1 月 2 日アクセス))
19)Ibid.
20)Ibid.
21)MoHSW, UNICEF. (2010). A qualitative study of
maternal and newborn care practices in Liberia, pp.ix-
x
22)MoHSW. (March 8, 2011). Road Map for
Accelerating the Reduction of Maternal and Newborn
Morbidity and Mortality in Liberia (July 2011 – June
2016), p.4
23)MoHSW, UNICEF. (2010). A qualitative study of
maternal and newborn care practices in Liberia, p.xi
24)MoHSW. (March 8, 2011). Road Map for
Accelerating the Reduction of Maternal and Newborn
Morbidity and Mortality in Liberia (July 2011 – June
2016), FACT SHEET
25)INTERNATIONAL MUSEUM OF WOMEN,
UNSAFE ABORTIONS IN LIBERIA (http:
//mama. imow. org/yourvoices/unsafe-abortions-
liberia(2013年 1 月 2 日アクセス))
26)MoHSW. (March 8, 2011). Road Map for
Accelerating the Reduction of Maternal and Newborn
Morbidity and Mortality in Liberia (July 2011 – June
2016), FACT SHEET
27)UNMIL Legal and Judicial System Support Division
Coordinator. Research on Prevalence and Attitudes to Rape
in Liberia September to October 2008(http: //www.
stoprapenow. org/uploads/advocacyresources/1282163297.
pdf(2013年 1 月 3 日アクセス))
28)Ibid., p.23. なお、調査対象者の割合は男性が 38%、
女性が 62% で、レイプ被害者には男性も含まれるが、
その数はわずかであると考えられる。なお、UNMIL
には現在も毎日、数件のレイプのケースが報告され
ている。
29)Ibid., p.26. ただ、この割合にも若干の男性が含まれ
ると想定される。
30)ガラス片を飲み込む、局部から瓶を挿入する等に
より体内に破片が残り、病院に搬送されるケースが
ある。
31)MoHSW.(March 8, 2011). Road Map for
Accelerating the Reduction of Maternal and Newborn
Morbidity and Mortality in Liberia(July 2011 – June
2016), FACT SHEET
32)MoHSW.(January 15, 2011). 2010 Annual Report,
p.19. 2010年の値
33)2005年・2009年の調査に次ぐ第 3 次調査
34)MoHSW, Liberia Institute of Statistics and Geo-
Information Services (LISGIS) and ICF
International.(June, 2012). Liberia Malaria Indicator
Survey 2011, p.57
35)Ibid., p.36
36)Sulphadoxine-pyrimethamineとファンシダールの
2 回の投与
37)MoHSW, LISGIS and ICF International.(June,
2012). Liberia Malaria Indicator Survey 2011, p.38
38)Voice of America, Liberia Tackles Counterfeit
Drugs(http://www.voanews.com(2013年 1 月 3 日
アクセス)). 検査対象薬の 44% が品質基準を満たし
ておらず、これは特にクロロキンについて顕著であ
ったという。
39)国境なき医師団日本ウェブサイト(http://www.
msf.or.jp/news/2008/07/1150.php(2013年 1 月 3 日
アクセス))
40)http://www.zonta.org(2013年 2 月 7 日アクセス)
41) ユ ニ セ フ 統 計 (http: //www. unicef.
org/infobycountry/liberia_statistics. html#88 (2013
年 1 月21日アクセス))。2010年の数値
42)MoHSW.(October, 2010). National Family
Planning Strategy 2010-2014, p.9
43)MoHSW.(March 8, 2011). Road Map for
Accelerating the Reduction of Maternal and Newborn
Morbidity and Mortality in Liberia(July 2011 – June
2016), FACT SHEET
44)Tegang, S.P. and Tegli, J.K.(December, 2011). Size
Estimation of Sex Workers, Men who have Sex with
Men, and Drug Users in Liberia, p.6
45)Ibid., pp.6-7
46)Ibid., p.8
47)大統領2013年年頭演説(2013年 1 月28日)
48)WHO 統 計(http: //apps. who. int/ghodata/? vid =
92000#(2013年 2 月11日アクセス))。2008年の数値
49)MoHSW. National Health and Social Welfare Policy
and Plan 2011-2021, p.61. なお、医師については
Physician の数、看護師・助産師については Nursing
Director・Registered Nurse・CM・Nurse Midwife
の合計、検査職員については Laboratory Technician
とLaboratory Assistant の合計
50)同一段落内に挙げた医師数について 2 節最初の
データの項に挙げた人口から算出。
51)WHO 統 計(http: //apps. who. int/ghodata/? vid =
92000#(2013年 2 月11日アクセス))。2008年の数値
52)2021年時点の想定人口(4,555,985人)(MoHSW.
National Health and Social Welfare Policy and Plan
2011-2021, p59)から算出。
53) MoHSW. (July, 2011). Country Situational
Analysis Report, pp.25-26
54)MoHSW. National Health and Social Welfare Policy
and Plan 2011-2021, p.23. SDPは全国で計231(施
リベリアの母子保健(中嶋) 231
設:150・巡回診療拠点:81)の設置が計画されてい
る(Ibid., p.50)。
55)Ibid., pp.22-23
56)MoHSW. Annual Review Report National Health
and Social Welfare Plan Implementation, 2011-2012,
p.37. 同. FY 2011-2012 DashBoard.
57) MoHSW. (July, 2011). Country Situational
Analysis Report, p.28
58)Ibid.
59)MoHSW. National Health and Social Welfare Policy
and Plan 2011-2021, p.68
60) MoHSW. (July, 2011). Country Situational
Analysis Report, pp.29-30
61)MoHSW. National Health and Social Welfare Policy
and Plan 2011-2021, p.67
62)Ibid., pp.32-33
63)報告者試算。
64) MoHSW. (July, 2011). Country Situational
Analysis Report, p.30
65)リベリアの財政年度は 7 月から翌年 6 月まで。
66)正式名称は エイズ・結核・マラリア等感染症に
係るアブジャ宣言及び行動計画("Abuja Declaration
on HIV/AIDS, Tuberculosis and Other Related
Infectious Diseases”)(2001年 4 月27日採択)(http:
//www. un. org/ga/aids/pdf/abuja_declaration. pdf
(2013年 2 月 2 日アクセス))
67) MoHSW. (July, 2011). Country Situational
Analysis Report, p15のデータに対する報告者による
試算
68)Ibid. 公的施設による診療は無料であるのに対し、
その他の財源の 85% が私立施設による診療に対して
使われている。
69)Ibid., p.18
70)WHO.(December 21, 2001). Macroeconomics and
Health: Investing in Health for Economic
Development, p. 11, 12, 54, 55, 110(http: //whqlibdoc.
who. int/publications/2001/924154550X. pdf(2013 年
2 月11日アクセス))
71)MoHSW. National Health and Social Welfare Policy
and Plan 2011-2021, p.84
72)MoHSW. Annual Review Report National Health
and Social Welfare Plan Implementation, 2011-2012,
p.42
73)MoHSW. National Health and Social Welfare Policy
and Plan 2011-2021, p.84
74)Devex, Results-based aid in Liberia: USAID
Forward (and one step back)(http: //www. devex.
com/(2013年 2 月 2 日アクセス))
75)MoHSW. National Health and Social Welfare Policy
and Plan 2011-2021, pp.20-21
76)Ibid., pp.64-65
77)United States Government.(September, 2011).
Global Health Initiative Liberia Strategy, p.5
78)Ibid., pp.12-18
79)USAID.(April 14, 2011). Best Practices at Scale in
the Home, Community and Facilities: USAID Liberia
BEST Action Plan, p.6
80)Ibid., pp.10-12
81)DFID in Liberia.(April, 2011). Operational Plan
2011-2015, p.3
82)Ibid., p.7
83)DFID.(May, 2011). Summary of DFID’s work in
Liberia 2011-2015
84)日本政府.(2010年 9 月). 国際保健政策2011-2015,
p. 2 (http: //www. mofa. go.
jp/Mofaj/gaiko/oda/doukou/mdgs/pdfs/hea_pol_
ful_jp.pdf(2013年 2 月11日アクセス))
85)Kapila, M. Healing Broken Societies: Can Aid Buy
Love and Peace?, Global Governance 13(2007), pp.17-
24
86)Smith, R. D. and MacKellar, L.(September 22,
2007). Global public goods and the global health
agenda: problems, priorities and potential
232 社会科学研究年報
2012 No. 43

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リベリアの母子保健 (Maternal and child health in Liberia)

  • 1. 〈共同研究〉 地域研究者と地域実務者が協働して挑む複合科学的なアフリカ・リプロダクション研究 リベリアの母子保健 中 嶋 秀 昭 1.はじめに 西アフリカに位置するリベリアでは1989年から 2003年まで14年間にわたって内戦が繰り広げられ、 この終結後は国際社会の支援によって復興が進め られている。我が国は戦前に無償資金協力や JICA の青年海外協力隊等を通じてリベリアに協 力を行っていたが、内戦中はこれを中断した。 2007年に二国間協力を再開し、現在、母子保健、 インフラの分野で支援を実施している。報告者は 戦後初の母子保健分野の JICA 企画調査員として リベリアに 2 年半以上の間、駐在している。同国 の母子保健に関する日本語文献は乏しく、本報告 では最新状況を概括的に述べる。本報告が関係 者・関心をもつ方々の参考になれば幸いである。 2.リベリアの概要 リベリアは西アフリカに所在するアフリカ最古 の共和国である。アメリカにおける奴隷解放運動 を受けて解放奴隷の新天地として選ばれ 2 )、 1847年に独立を宣言した。 入植した解放奴隷はアメリコ・ライベリアン (Americo-Liberian)と呼ばれ、先住民に文明を もたらし教化する者として先住民を抑圧し、自身 を唯一の 市民 と憲法で位置づけて政治経済を 支配した。1930年から 5 年間、奴隷をスペインに 輸出しているとして米国・英国から外交関係を断 絶され、国際連盟からも奴隷制を温存している国 家として非難された。 しかしながら、一党(True Whig Party)独裁 体制の下、リベリアは治世が安定した国との印象 を 与 え、ウ ィ リ ア ム・タ ブ マ ン(William <データ 1 )> 面積:111,370平方キロメートル(日本の約 3 分 の 1 ) 人口:約410万人 民族:ゴラ族、クペレ族、クル族、バサ族等16 部族 言語:英語(公用語)、その他各部族語 宗教:国民の 90% が伝統宗教、その他にキリス ト教とイスラム教 主要産業:鉱業(鉄鉱石、金、ダイヤモンド)・ 農林業(天然ゴム、木材) GNI:9.96億米ドル( 1 人当たり240米ドル) 経済成長率:6.7% 物価上昇率:8.7% リベリア 図 1 .リベリア地図 出典:http://wikitravel.org/ja/(2013年 3 月 9 日 ア クセス)
  • 2. Tubman)大統領の統治下(1944〜71年)には米 国 の ゴ ム 製 造 企 業 で あ る フ ァ イ ヤ ー ス ト ン (Firestone)社 3 )や鉄鉱石採掘企業等からの投 資が増大し、プランテーション経済の最盛期を迎 えた。このような状況においても大半の先住民族 には恩恵はなく、政治経済的参加機会は閉ざされ たままでアメリコ・ライベリアンとの社会格差が 拡大し、先住民族の不満は高まっていった。タブ マ ン の 後 を 継 い だ ウ ィ リ ア ム・ト ル バ ー ト (William Tolbert)大統領はさまざまな改革を実 行したものの、少数派のアメリコ・ライベリアン による支配体制は温存され、汚職が蔓延し、先住 民族を強権的に抑圧し続けた。このような中、 1980年に先住民族出身であるサミュエル・ドウ (Samuel Doe)によるクーデターによりトルバー トは失脚、大臣達とともに殺害された。 ドウの大統領就任によりリベリアでは先住民族 が初めて政治権力を握ることとなったが、ドウは 自身の民族を優遇して取り巻き政治を行ったため、 民族間の争いが激化し、資本は海外逃避し、汚職 は改まらず、リベリア経済は弱体化した。1989年 にチャールズ・テーラー(Charles Taylor) 4 )が 蜂起、内戦が勃発した。テーラーから分派したド ウ政権によって抑圧された民族出身のプリンス・ ジョンソン(Prince Johnson) 5 )がドウを処刑し、 その後、2003年まで14年間、テーラー派、ドウの 支持軍、ジョンソン派やその他の分派の間で泥沼 の内戦が行われ、27万人の人々が犠牲となり、79 万人が難民・避難民となった。 2005年に実施された大統領選挙でエレン・ジョ ンソン・サーリーフ(Ellen Johnson-Sirleaf)が アフリカ初の民選女性大統領に就任、現在、 2 期 目を務めている。平和構築・維持、復興のため、 現 在 も 国 連 平 和 維 持 活 動(peacekeeping operation : PKO)が展開されている。 3 .母子保健の現況 ⑴ 前提 内戦により多くの医療保健施設も破壊されたり 維持管理ができなくなったりした。戦前には計 550施設が存在していたのが、戦後は稼動可能な 施設数は354に減少したと言われている 6 )。 内戦終結後、リベリア政府は貧困削減戦略 (Poverty Reduction Strategy: PRS)に 沿 っ た 2007年から2011年までの 4 ヶ年次の保健政策・計 画(National Health Policy and Plan)を策定し、 適切な質の基礎的保健サービスへのアクセスの 拡充 公平で効果的・効率的・持続的な保健シ ステムの基盤構築 を目指して 7 )、保健システ ムの各基盤(サービス供給(Service delivery)、 資 機 材・技 術(Medical products, vaccines and technologies)、人 材(Health workforce)、財 源 (Health systems financing)、情 報(Health information system)、リーダーシップとガバナ ンス(Leadership and governance))の強化に取 り組み、これに対して国際社会が支援を行ってい る。 現在、上記政策・計画の後継版として2011年か ら2021年までの10ヶ年次の保健・社会福祉政策・ 計画(National Health and Social Welfare Policy and Plan)が施行されている。 旧政策・計画においては国民に提供すべき基礎 的 保 健 サ ー ビ ス(Basic Package of Health Services: BPHS)を設定した。新政策・計画では 内容を拡大・充実化させ、保健サービス基本パッ ケ ー ジ(Essential Package of Health Services: EPHS)としている。表 1 に両者についてまとめ る。 ⑵ 母子保健の現況 途上国開発の2015年までの世界的目標である国 連ミレニアム開発目標 (Millennium Development Goal: MDG) 9 )ではその 4 番目を 子どもの死亡 率を減らす(Reduce child mortality)(1990年時 点に比して2015年時点で 5 歳未満児の死亡率を 3 分の 2 削減する)、 5 番目を 妊産婦の保健状況 を改善する(Improve maternal health)(1990年 時点に比して2015年時点で妊産婦の死亡率を 4 分 の 3 削減する)と設定している。 リベリアでは乳児死亡率は世界で27位、 5 歳未 満児死亡率は同33位、妊産婦死亡率は同 7 位の高 率であり10)、特に妊産婦死亡率低減に対する取 り組みが喫緊の課題である。同国も母子保健を重 220 社会科学研究年報 2012 No. 43
  • 3. 視し、これの改善に注力している。 図 2 にそれぞれの指標の近年の推移を示す。 5 歳未満児死亡率については MDG を達成でき そうな見通しである半面、乳児死亡率に関しては 困難であると考えられる。関連して、はしかの予 防接種にかかる MDG も設定されており、100% の接種率を目標としているが12)、現在は 70% 未 満であり13)、多大な政府の努力とこれに対する 支援が必要である。全般的な乳幼児死亡の背景に は施設の不備・人材の能力不足・施設へのアクセ スの悪さが障害となっている14)。妊産婦死亡に かかる状況については次に詳述する。 ⑶ 妊産婦にかかる状況と課題 妊産婦の死因は図 3 の通りである。 これらの要因の大半は妊産婦ケアへのアクセス と質を高めることで改善可能である。たとえば、 現在、79% の妊婦が産前健診を受けており、う ち 60% が妊娠第 1 期から、半数以上が妊娠期間 を通じて 4 回の産前健診を受診している16)。ま た、適正技術をもった保健従事者による分 介助 の割合は 44% である17)。 これらの割合を向上させることが必要であるが、 施設で適正技術を持った従事者に診療・ケアや分 介助を行ってもらうことへの妊婦やその家族の 判断の遅れが生じるケースがある。このような ケースには妊婦の教育レベル、家庭内での地位、 文化的信奉や異常に対する意識(合併症について 自然現象ではなく、どこまで深刻なものとして捉 えるか)等が影響しているが、施設からの距離、 施設でのケアの質、費用を支払えるか否かという ことも判断の背景となる。また、妊娠・出産時の 異常を隠して自分達で伝統的手法に則って対処し ようとする傾向もある18)。 妊産婦が施設に行くことや妊産婦を施設に搬送 することが困難なケースも多い。施設への交通手 段は徒歩、手押し車、ハンモック、タクシー、市 リベリアの母子保健(中嶋) 221 8) 表 1 .BPHS と EPHS の内容
  • 4. 222 社会科学研究年報 2012 No. 43 図 2 .母子保健指標11)
  • 5. 場への往復に使われるトラック等であるが、住居 が施設からあまりにも離れていたり道路が悪路で あったりする場合、タクシーを使用せざるを得ず、 費用が支払えない、特に夜間でタクシーを確保す ることが困難で割増料金を払わねばならないとい ったことにより施設への移動・搬送が遅れること になる19)。さらに、施設に着いても適切な従事 者が不在であったり必要な資機材・薬剤がなかっ たりして対応が遅れるケースもある20)(こうし た状況に対する政府の施策については 4 ⑴(a) 〜(c)に詳述)。 加えて、妊産婦が適切な診療・ケア・分 介助 を受けない背景には他に下記が挙げられる21)。 医療保健施設に対する不信(医療保健従事者の 対応・態度が不十分、男性医療保健従事者によ る診療への嫌悪) 中絶を行いたいため 家事・仕事で多忙 産前健診の実施スケジュールを把握していない 薬剤の副作用に関する誤解、栄養不足による薬 剤の副作用 状況の改善には啓発の強化も必要である。 一方、産褥婦の 7% のみしか出産後 4 〜24時間 以内に産褥ケアを受けておらず、他 30% はまっ たく同ケアを受けていない22)。妊産婦の最大の 死因である産褥出血はこの状況にも起因すると考 えられるが、このケアに関する人々の主要な認識 は過度の出血や感染が見られたり、重篤状態であ ったりしない限りは施設を利用しないというもの である。その他の施設利用の理由は新生児の予防 接種や健診である23)。 また、中絶が主な死因の 1 つであり、これを行 いたいために施設サービス・ケアを利用しない女 性が多いということは望まない妊娠が多いという ことであり、これは10代女性の 38% が妊娠し、 うち思春期女性の妊娠の大半の結果が中絶となる という事実24)に表れている。また、保健社会福 祉 省(Ministry of Health and Social Welfare: MoHSW)が 6 つの州を対象にして実施した調査 では望まない妊娠をした女性の 30% 以上が危険 な中絶を行っている25)。さらに、死亡した妊婦 の 21% が15歳から19歳の年齢層の女性であり26)、 この年齢層の死亡率が高いのは身体・精神的な体 制が整っていないことの他に、国連リベリアミッ シ ョ ン(United Nations Mission in Liberia: UNMIL)の調査27)によると、対象者の 1.7% が レイプ被害の経験をもち、22% がレイプ被害者 を知っているとの結果28)で、レイプ被害者全体 の 7 割近くを10歳から19歳の少女が占める現 状29)において、レイプによって望まない妊娠を 行った多数の少女の中で危険な中絶に踏み切って いる者もいるということが推測される30)。 加えて、妊産婦の間接的死因として貧血・マラ リアが挙げられる。62% の女性が貧血症状を有 している31)。マラリアは国民全体の 4 割以上が 感染する主要疾病である32)が、2011年のマラリ ア 指 標 調 査(Liberia Malaria Indicator Survey: LMIS)33)によると、対象女性の 91.5% はマラリ アが予防可能であると認識しているものの、80. 1% が蚊帳を予防法として知っており34)、妊婦の 40.2% のみが蚊帳を使用している35)。また、49. 6% の妊婦のみが健診中に推奨される間欠治療 (Intermittent Preventive Treatment of Pregnant Women: IPTp)36)を受けている37)。その他の妊 婦のうちの多くは市販薬剤による治療を行ってい リベリアの母子保健(中嶋) 223 図 3 .妊産婦死亡の内訳15)
  • 6. ると考えられるが、治療薬の多くは品質基準を満 たしていないという調査結果がある38)。IPTp の 利用促進が求められる。 また、困難な出産を乗り越えても、後遺症とし てフィスチュラ(瘻孔:ろうこう)に苦しむ女性 も多い。尿・便失禁によって、彼女達は家族やコ ミュニティーから疎外される傾向にある。フィス チュラの症状としては他に泌尿器(腎感染症な ど)、婦人科、整形外科、神経科(歩行困難)、皮 膚科(継続的な失禁によって生じる皮膚潰瘍形 成)、精神科にかかるものが挙げられる39)。フィ スチュラは年間、600〜1,000件が新規に発生して いると言われている40)。 そして、以上に関連して、合計特殊出生率が5. 2である41)半面、女性の 11% が妊娠回数、25% が妊娠間隔の調節の必要性を認識している42)。 避妊具の普及率は 11% に過ぎない43)。リプロダ クティブヘルスにかかる啓発とサプライチェーン の強化が求められる。 なお、HIVについては幸い、他のアフリカ諸国 と比して感染率は低く、1.5% であるが、妊婦に ついては 4. 0%(2008年時点:2006 年の 5.7%、 2007年の 5.4% から漸減傾向)である44)。感染の 背景には主に女性について性暴力(sexual and gender based violence: SGBV)、貧困ゆえの生存 のための金品との交換の売春がある45)。これら は上述の望まない妊娠、場合によっては合併症、 困難な出産、死亡・後遺症にもつながる。また、 HIV に感染した妊産婦・母親から子どもへの垂 直感染にも留意が必要であり46)、政府と国際社 会はこれの予防・治療に取り組んでいる。 4.政府・国際社会の取り組みと課題 (1)政府の取り組みと課題 (a)医療保健サービス供給体制 リベリアの医療保健施設には規模順にクリニッ ク、ヘルスセンター、病院があり、前 2 者は一次 診療、後者は二次診療を担っている。具体的には、 クリニックおよびヘルスセンターでは乳児への予 防接種、乳幼児健診、産前・産褥健診、分 介助、 家族計画サービス、内科診療、病理検査、保健啓 発を行っており、病院においてはこれらに加えて 外科サービス(帝王切開等の産婦人科手術を含 む)が提供される。 医 療 保 健 従 事 者 と し て は 医 師、医 師 助 手 (physician assistant (PA))、看護師、助産師、看 護師助手(nurse aide)、検査技師、検査助手、 薬剤師等がいるが、医師は病院にのみ配置されて おり、クリニックおよびヘルスセンターでは PA が診療を行っている。 これらの人材については現在、医師数が82 人47)、看護師・助産師が978人、検査職員が115 人、環境・公衆衛生職員が40人である48)のに対 し、現行保健計画(2011年〜2021年)では2021年 時点でそれぞれ353人、4,980人、478人、183人に 増大させる計画である49)。人口千人当たり、現 在は医師が0.02人50)、看護師・助産師が0.274人、 検査職員が0.032人、環境・公衆衛生職員が0.011 人、従事しており、世界で最低レベル(特に医師 数が著しく少ない)である51)が、2021年にはそ れぞれ0.0775人、1.093人、0.105人、0.040人とな る予定である52)。 (b)施設へのアクセス・利用 3 (1)に紹介した BPHS の方針として、5km (徒歩 1 時間)圏内に医療保健サービスにアクセ スできることとされていたが、首都圏モンロビア のような都市部を抱えたモンセラード州等以外の 大半の州において平均的にこの圏内でのアクセス が不可能となっている。 このような現状に対し、政府は医療保健施設の 増設を計画している。具体的には、今後10年間で 全般的に施設数の増加、この中でいくつかの病院 に つ い て は 州 病 院 か ら 地 域 病 院(Regional Hospital)への昇格、特に首都圏モンロビアを擁 するモンセラード州に関しては施設の統廃合(ク リニックを統合し、ヘルスセンター/郡病院 (District Hospital)とする)が計画されている。 この背景には州によって 1 施設当たりの対象人口 に大きなばらつきがあり、対象人口に応じた施設 規模の適正化にかかるニーズがある。施設が管轄 する対象人口はクリニックについては3,500人か ら12,000人、ヘルスセンターについては25,000人 224 社会科学研究年報 2012 No. 43
  • 7. から40,000人、病院については約20万人とされて いるが、いくつかの州においてはクリニックが限 度を超えた人数の診療を行っている。このような 状況に陥っているクリニックは全体の 10% であ る半面、40% のクリニックは最低対象数未満の 人々に対処している53)。 上述の状況をまとめると、多くの場所において 適切な位置に適切な規模の施設が配置されていな いということである。これに対して、現行保健・ 社会福祉政策・計画では都市部においては施設を 拡大して大規模人口に対応し、過疎地においては コミュニティーから 5km 圏内のアクセスを保証 するために小規模施設(クリニックやこれより小 さな service delivery point (SDP)(新設))を追 加設置したり、巡回診療の場としての SDP を置 いたりするとの方針である54)。したがって、全 国一律の施設設計は実情に応じたより柔軟なもの に改訂され55)、全体として医療保健サービス供 給を強化するためのリソースの再配分が行われる こととなる。 なお、医療保健サービスの公平性指標(Equity Index)(全人口のうち保健サービスの利用が最 も少ない 25% の利用回数に対する利用が最も多 い 25% の利用回数の割合)は2010年のベースラ イン値・2.39から1.81に低下しており56)、人々の 施設へのアクセス・利用における格差が縮小傾向 にあることを示している。 (c)人材 旧保健計画(2007年〜2011年)においては①一 括した人事計画を行うこと、②人材の業務の質を 向上させ、離職を減らすこと、③訓練を受けた従 事者を増やし、彼らの各地への公平な配置を促進 すること、④特に管理職においてジェンダー平等 に配慮した採用を行うこと、が定められた。しか し、現状の課題として十全な人事計画・管理、特 に地方における人材の保持、適切な職種の人材の 配置、業務効率を改善するための人材増が残って いる57)。 人事計画・管理については MoHSW は他省庁 に 先 駆 け て 2008 年 に 人 事 ユ ニ ッ ト(Human Resources Unit)を設置し、同省においては人事 部長(human resources director)、州保健社会福 祉局(County Health and Social Welfare Team: CHSWT)に は 人 事 担 当 者(human resource officer)が配属された。この上でプールファンド (以下(d)に詳細記載)の支援により人事情報・ 給与システム(human resources information and payroll system)が省内に置かれたが、このシス テム活用のための研修を受けた職員がまだ少なく、 また、担当者は訓練されていない状況である58)。 これに対して、現行の保健計画(2011年〜2021 年)では Human Resources Unit を改編・人事再 配置を通じて強化する予定である59)。 人材保持については2007年に BPHS に基づい た給与体系を整備したことが人材流出の防止に貢 献した。この上でいくつかの州においては業績に よってボーナスを出す仕組みを取り入れている。 このことも人材保持に正の影響を及ぼすかもしれ ない60)。加えて、現行保健計画では地方勤務の 従事者に住居のようなインセンティブを提供する ことを企図している61)。 また、適切な職種の人材の配置に関しては上記 (b)にて述べたように、場所によって同レベル の施設が対象とする人口に大きな差異があり、そ れにもかかわらず、BPHS を提供するための画一 的な人材配置基準が固守されてきた。このような 状況に対して、対象人口が少ない等により労働負 荷が低い施設においては職員数を減らして、1人 の職員が複数の業務を受け持つ等のエビデンスに 基づいた人材配置が望まれる。また、EPHS の提 供に重要な役割を果たす PA や助産師の地方への さらなる配属も必要である62)。 現状では政府と国際社会の努力・協力により以 下のような進 が見られる。 1,944人の医療保健従事者を雇用(うち 98% が 政府により給与支給、残り 2% は MoHSW が 手当を支払い) 握従事者数全体は2011年に比して8,320人から8, 072人に減少したが、これは非専門職の従事者 の減少(5,092人から3,716人)によるもので、 専門職従事者の割合は高まっている(38.80% から53.96%63)) リベリアの母子保健(中嶋) 225
  • 8. 政府により給与が支給される従事者を5,147人 に拡大(うち3,861人は純粋に政府が支給、1, 286人はドナーの支援を得て支給) 以上も奏功要因の1つとして、人口1万人当たり の技術を有する分 介助者数が5.7人(2010年 ベースライン)から6.7人に増加 ただ、コミュニティーの母子保健に関して、 2010年にリベリア財務省はボランティアに対する 手当支払いを停止することを決定した64)が、こ のことにより重要な役割を担うコミュニティー保 健 ボ ラ ン テ ィ ア(general Community Health Volunteer: gCHV)等のボランティアが政府の手 当支給対象から外れることとなった。現在、こう したボランティアの中には NGO 等のプロジェク ト要員として活動している者も多いが、母子保健 サービス供給の質を末端レベルまで担保するため には gCHV 等の待遇をいかにしていくかという ことが早急に真剣に検討されねばならない。 (d)財源 2009年度65)からはアブジャ宣言66)が目標とす る国家予算の 15% の保健予算への充当を目指し ていたが、国家予算の増大につれて保健予算も増 えているものの、保健予算が国家予算に占める割 合は2006年から2011年までの間、8% 弱〜11% 弱 の範囲内でとどまっている。 また、リベリアの医療保健サービス財源として は大きく分けて政府支出、ドナーによる支援、そ の他がある。少々古いデータであるが、2008年時 点では総額に対して政府支出額の割合は 16.34%、 ドナー支援額については 47.00%、その他は 36. 65% である67)。その他の財源が多くの割合で保 健にかかるコストを賄っている。うち 93% は個 人による負担である68)。このことにより、国民 1 人当たりの政府財源は4.8米ドルにすぎないの に対して、全体では年間29米ドルが支出されてい ることとなり、これは中西部アフリカの平均額 (28米ドル(2006年))とほぼ同程度である69)が、 WHO が望ましいとする34米ドルを下回る70)。 半面、政府の予算執行率が不十分であることも 課題である。2010年時点での執行率は 64%71)で、 これが2011年度には 88.2% に改善した72) が、 2021年時点で 95% に引き上げることを目指して いる73)。 なお、ドナーによる支援の主たるものとして プールファンドがあるが、これはユニセフ、英国、 アイルランド、スイス等がドナーである。このフ ァンドは主に NGO による政府系施設の代行運営 や施設の改修・建設に充てられているが、地方分 権化・パフォーマンス評価契約(Performance- based Contract: PBC)の 方 針 の 一 環 で ボ ミ (Bomi)CHSWT に対しても支援を行っている。 他 方、米 国 の USAID は 2011 年 9 月 に MoHSW と 4 年 間 で 4, 200 万 米 ド ル を 支 援 す る Fixed Amount Reimbursement Agreement (FARA)を 締 結 し た。こ れ は PBC を 通 じ た NGO に よ る サービス供給やモニタリング・評価に対して事後 払いで資金を提供するものである74)。 今後、ドナーによる支援の減少が想定されるこ とやすでに大きな個人負担等により、他に財源を 確保することが必要であり、税金(付加価値税・ 携帯電話使用に対する税金・たばこ税・アルコー ル飲料税等)による財源の手当てや、一部の例外 を除く診療費徴収、これと並行したコミュニテ ィー基金や社会保険の創設が模索されている75)。 その他、現行保健計画(2011年〜2021年)では予 算策定・執行・管理におけるステークホルダー間 の協力強化・効率化がうたわれている76)。 (2)国際社会の支援 内 戦 中 お よ び 終 結 後、国 際 赤 十 字 委 員 会 (International Committee of the Red Cross: ICRC)や 国 境 な き 医 師 団(Médecins Sans Frontières: MSF)等の国際救援組織が施設の運 営を支援した。 現在、国際社会は政府系施設の代行運営、資金 支援、資機材供与、インフラ整備支援、保健シス テム強化支援を行っている。そのうち、ドナーの 中で貢献が大きい USAID とプールファンド(英 国 (DFID))の妊産婦保健にかかる方針を以下 に詳述する。 <USAID> “Global Health Initiative” において全体的に以 226 社会科学研究年報 2012 No. 43
  • 9. 下のビジョンが挙げられている77)。 ①保健システム強化のための全国的な能力向上・ 技術支援への投資 ② 3 つ の 主 要 対 象 州(ボ ン(Bong)・ロ フ ァ (Lofa)・ニンバ(Nimba))に対する集中投資 ③ 6 つの州(上記 3 州に加え、モンセラード州・ マーギビ(Margibi)州・グランバサ(Grand Bassa)州)への戦略的投資 この前提の下、具体的介入として(1)サービ スデリバリー改善、⑵保健システム強化、の方針 を打ち出しており、これらを実施するのに(a) リベリアの保健システム活用強化(この 1 手段と し て FARA(⑴(d)参 照)を 締 結)、(b)ス テークホルダー協調を通じたセクター強化支援、 (c)モニタリング・評価・調査改善支援、(d) 他ステークホルダーへの説明、を挙げている78)。 母子保健については2015年までに妊産婦死亡率 を10万出生対795、合計特殊出生率を現時点の5.2 から5.0に減少させることに貢献するとしてい る79)。具体的介入は以下の通りである80)。 (妊産婦死亡率低減) 技術をもった介助者による出産の増加 出産待機施設(maternity waiting home) への支援 産褥出血件数を減らすためのコミュニテ ィーを基盤とした薬剤(misoprostol)の 配布 コミュニティーの参画促進 死亡記録改善支援 (合計特殊出生率低減:家族計画促進) MoHSW の能力向上支援 予防接種における家族計画処置の実施 手段の拡大 宗教指導者等の参画を通じた需要拡大 <DFID> プールファンドを通じた DFID の資金の半分 が2013年に妊産婦死亡率を10万出生対760に減少 することに貢献することを目指している81)。保 健分野への拠出金は2011年度に 3 百万ポンド、 2012年度に 5 百万ポンド、2013年度に 4 百万ポン ドの計1,200万ポンドとしている82)。これを通じ、 2014年 3 月までに140の医療保健施設が建設され、 稼動し、2,500人の従事者が研修を受けることが 企図されている。これのモニタリングは半年に1 度実施し、他ドナーによるモニタリングも活用す るとのことである。また、政府・他ドナー・実施 機関と共同して効果測定し、援助の効率化と定期 報告を行う予定である83)。 5.我が国の取り組み 国際保健政策2011-2015において、母子保健に 関しては 妊産婦と新生児の死亡率削減のための 効果が証明されている保健サービスパッケージの 導入と,乳幼児の死亡率削減のための効果の高い 保健施策の拡大を通じ,妊産婦と乳幼児死亡率の 更なる低下を目指す との目標を掲げ84)、図 4 のような介入支援モデルを掲げている。そして表 2 に内戦終結後からこれまでの我が国によるリベ リアに対する母子保健分野協力を列挙する。 以上の協力により、コミュニティーレベルでの 妊産婦・乳幼児の感染症罹患予防・保健向上、お よびリベリアにおけるトップリファラル周産期対 応病院のハード・ソフト両面の機能回復に貢献し た。また、保健システムにおいて重要な役割を果 たしている官僚・従事者がその強化・サービス供 給の改善にかかる知見を深めた。草の根無償の供 与を通じては、リベリアの主要なリプロダクティ ブヘルス NGO のサービス強化を支援している。 ま た、地 方 分 権 化 の 方 針 に 沿 い、地 方 当 局 (CHSWT)による管轄下医療保健施設が提供す るサービスのモニタリングの改善に対して協力し ている。上記 EMBRACE を一度に網羅して実施 しているものではないが、各要所について重要な 協力を行っている。 以上に挙げた我が国と他ステークホルダーによ る支援の相関を図 5 の通り示す。 リベリアの母子保健(中嶋) 227
  • 10. 228 社会科学研究年報 2012 No. 43 表 2 .これまでの我が国によるリベリアに対する母子保健分野協力 図 4 .EMBRACEモデル 出典:日本政府.(2010年9月). 国際保健政策2011-2015, p.6
  • 11. 6.母子保健の改善と平和構築 以上に見たように、リベリアにおいては課題は まだまだ多いものの、母子保健分野の復興も政府 と国際社会の協同により進展している。内戦後の 復興と発展、平和の定着には子どもが安心して健 やかに成長し、彼らを守り育てる女性の心身の健 康が守られ、平和が脅かされる社会では特に脆弱 な子どもや女性の権利が保護・拡大される環境の 整備が礎となる。 Kapila(2007)によると平和構築における保健 協力の役割については下記が挙げられるとい う85)。 ⑴ 人々の保健という共通課題・関心は対立して いる紛争当事者どうしを結び付ける ⑵ 紛争当事者に利他心を想起させる ⑶ 紛争当事者間の誤解を事実によって打ち消す ことで相互信頼を回復させる ⑷ 紛争によって利益を得ている者という対決す べき存在を顕在化させることで人々に自身を 回復させる ⑸ 人々に共通のアイデンティティーをもたらす ⑹ 医療保健従事者による要求・抵抗・運動は強 固なモラルを示し、社会や政治を動かしうる これらは主に内戦時・直後に当てはまるもので あるが、脆弱な立場に(意図的に)置かれてきた 女性と子どもに対する人道的支援の意義を如実に 表すものである。 リベリアの母子保健(中嶋) 229 図 5 .国際社会の支援の相関 ※各ドナーから国連機関に対するマルチ支援については省略
  • 12. また、グローバル化が進展した現代社会におい て、 1 国の不安定化は近隣職国のみならず、世界 的 な 不 安 定 化 に 貢 献 し う る。Smith お よ び MacKellar(2007)によると公衆衛生・保健の観 点では世界的流行を起こしうる感染症対策が国際 公共財(global public goods)であるという86)。 不安定な社会においては感染症が発生しやすく、 これに対して脆弱で、このような社会に蔓延する HIV/エイズ、結核等、母子を脅かす感染症への 対策はまだまだ強化が必要である。そして、先進 国に住む私達にとってもこれらの感染症はけっし て対岸の火事ではない。 対途上国支援、国際的文脈において、リベリア に対する日本の支援も同国の安定化、平和構築・ 維持、また国際公共財の生産・維持・増進に貢献 している。このことにささやかながら報告者も参 加する機会を与えられていることは望外の喜びで ある。 注 1 )外 務 省 ウ ェ ブ サ イ ト(http: //www. mofa. go. jp/mofaj/area/liberia/data.html(2013年 1 月 2 日ア クセス))の情報の一部を修正・追記。 2 )リベリアの国章には”The love of liberty brought us here”と書かれている。 3 )現在はブリヂストンが親会社。 4 )隣国シエラレオネの内戦に関与した罪で2012年に 国際刑事裁判所から50年の実刑判決を言い渡された。 5 )現在も上院議員である。アパルトヘイト後の南ア フリカに倣って内戦後に設置された真実和解委員会 (Truth and Reconciliation Commission: TRC)の報告 書では Johnson は有罪であると勧告されている。た だ、同報告書は内戦に関与した人物を30年間、公職 から追放すべきであるとも勧告しているが、この人 物の中に現職大統領も当初 Taylor を支援した事実に 対して含まれており、TRC の勧告はいずれも実施さ れていない。 6 )Ministry of Health and Social Welfare(MoHSW). (July, 2011). Country Situational Analysis Report, p.21 7 )MoHSW. National Health Policy National Health Plan 2007-2011, p.5 8 )狂犬病やデング熱、住血吸虫症のような熱帯地域 特有の感染症。先進国では発生しないために対策支 援 や 研 究 が あ ま り 行 わ れ な い。リ ベ リ ア で は onchocerciasis(糸状虫症)、lymphatic filariasis(リ ンパ系フィラリア症)、schistosomiasis(住血吸虫 症)、soil-transmitted helminthes(蠕虫)といった寄 生 虫 症 が 挙 げ ら れ る(MoHSW. (June, 2011). Essential Package of Health Services Phase One, p.14) 9 )2000年 9 月に国連で採択された開発にかかる目標 値。①極度の貧困と飢餓の撲滅、②初等教育の完全 普及の達成、③ジェンダー平等推進と女性の地位向 上、④乳幼児死亡率の削減、⑤妊産婦の健康の改善、 ⑥HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延の防 止、⑦環境の持続可能性確保、⑧開発のためのグ ローバルなパートナーシップの推進、について2015 年を目処に定めた目標(参考:http://www.mofa.go. jp/mofaj/gaiko/oda/doukou/mdgs/about.html#mdgs_ list(2013年 1 月20日アクセス)) 10)WHO ウェブサイト(http://apps.who.int/gho/data/? vid=240#(2013年 1 月 2 日アクセス)) 乳児・ 5 歳未満児死亡率は2011年、妊産婦死亡率は 2010年時点。順位は報告者が算出。 11)・乳幼児死亡率:1986〜2009年の指標および MDG 値については MoHSW. Situation of Health Financing in Liberia, p.4、2010・2011年の指標については WHO (http://apps.who.int/gho/data/?vid=240#)。基準年 は2000年。MDG の定義に従うと、目標値は乳児死亡 率について39、5歳未満児死亡率について64となる (UNDP. (September 2010). Achieving 2015 Progress, Prospects, Constraints Liberia’s Progress towards the Millennium Development Goals(http: //web. undp. org/africa/documents/mdg/liberia_september2010. pdf(2013年 1 月20日アクセス)))が、ここでは政府 発表値を用いる。上記 UNDP の目標値を採用した場 合でも、 5 歳未満児死亡率については MDG を達成 できそうな見通しである半面、乳児死亡率に関して は困難であるという見通しは変わらない。 妊産婦死亡率:1986〜2010年の指標については MoHSW. Situation of Health Financing in Liberia, p4、 MDG 値については Ibid. 12)UNDP.(September, 2010). Achieving 2015 Progress, Prospects, Constraints Liberia’ s Progress towards the Millennium Development Goals(http: //web. undp. org/africa/documents/mdg/liberia_ september2010.pdf(2013年 1 月20日アクセス)) 13)MoHSW. Annual Review Report National Health and Social Welfare Plan Implementation, 2011-2012, p.22 14)UNDP. (September, 2010). Achieving 2015 Progress, Prospects, Constraints Liberia’ s Progress towards the Millennium Development Goals (http: //web. undp. org/africa/documents/mdg/liberia_ september2010.pdf(2013年 1 月20日アクセス)) 15)MoHSW. Maternal and Newborn Deaths Monthly Report December 2010 – February 2011 16)MoHSW. (March 8, 2011). Road Map for Accelerating the Reduction of Maternal and Newborn Morbidity and Mortality in Liberia (July 2011 – June 2016), p.3 17)MoHSW. Annual Review Report National Health 230 社会科学研究年報 2012 No. 43
  • 13. and Social Welfare Plan Implementation, 2011-2012, p.12 18)Lori, J. R., Starke, A. E., A critical analysis of maternal morbidity and mortality in Liberia, West Africa. Midwifery (2011), doi:10.1016/j.midw.2010.12. 001(http://www.unfpa.org/sowmy/resources/ docs/library/R431_Lori_2011_Liberia_Maternal_ mortality_in_LIBERIA-Midwifery_2011. pdf(2013 年 1 月 2 日アクセス)) 19)Ibid. 20)Ibid. 21)MoHSW, UNICEF. (2010). A qualitative study of maternal and newborn care practices in Liberia, pp.ix- x 22)MoHSW. (March 8, 2011). Road Map for Accelerating the Reduction of Maternal and Newborn Morbidity and Mortality in Liberia (July 2011 – June 2016), p.4 23)MoHSW, UNICEF. (2010). A qualitative study of maternal and newborn care practices in Liberia, p.xi 24)MoHSW. (March 8, 2011). Road Map for Accelerating the Reduction of Maternal and Newborn Morbidity and Mortality in Liberia (July 2011 – June 2016), FACT SHEET 25)INTERNATIONAL MUSEUM OF WOMEN, UNSAFE ABORTIONS IN LIBERIA (http: //mama. imow. org/yourvoices/unsafe-abortions- liberia(2013年 1 月 2 日アクセス)) 26)MoHSW. (March 8, 2011). Road Map for Accelerating the Reduction of Maternal and Newborn Morbidity and Mortality in Liberia (July 2011 – June 2016), FACT SHEET 27)UNMIL Legal and Judicial System Support Division Coordinator. Research on Prevalence and Attitudes to Rape in Liberia September to October 2008(http: //www. stoprapenow. org/uploads/advocacyresources/1282163297. pdf(2013年 1 月 3 日アクセス)) 28)Ibid., p.23. なお、調査対象者の割合は男性が 38%、 女性が 62% で、レイプ被害者には男性も含まれるが、 その数はわずかであると考えられる。なお、UNMIL には現在も毎日、数件のレイプのケースが報告され ている。 29)Ibid., p.26. ただ、この割合にも若干の男性が含まれ ると想定される。 30)ガラス片を飲み込む、局部から瓶を挿入する等に より体内に破片が残り、病院に搬送されるケースが ある。 31)MoHSW.(March 8, 2011). Road Map for Accelerating the Reduction of Maternal and Newborn Morbidity and Mortality in Liberia(July 2011 – June 2016), FACT SHEET 32)MoHSW.(January 15, 2011). 2010 Annual Report, p.19. 2010年の値 33)2005年・2009年の調査に次ぐ第 3 次調査 34)MoHSW, Liberia Institute of Statistics and Geo- Information Services (LISGIS) and ICF International.(June, 2012). Liberia Malaria Indicator Survey 2011, p.57 35)Ibid., p.36 36)Sulphadoxine-pyrimethamineとファンシダールの 2 回の投与 37)MoHSW, LISGIS and ICF International.(June, 2012). Liberia Malaria Indicator Survey 2011, p.38 38)Voice of America, Liberia Tackles Counterfeit Drugs(http://www.voanews.com(2013年 1 月 3 日 アクセス)). 検査対象薬の 44% が品質基準を満たし ておらず、これは特にクロロキンについて顕著であ ったという。 39)国境なき医師団日本ウェブサイト(http://www. msf.or.jp/news/2008/07/1150.php(2013年 1 月 3 日 アクセス)) 40)http://www.zonta.org(2013年 2 月 7 日アクセス) 41) ユ ニ セ フ 統 計 (http: //www. unicef. org/infobycountry/liberia_statistics. html#88 (2013 年 1 月21日アクセス))。2010年の数値 42)MoHSW.(October, 2010). National Family Planning Strategy 2010-2014, p.9 43)MoHSW.(March 8, 2011). Road Map for Accelerating the Reduction of Maternal and Newborn Morbidity and Mortality in Liberia(July 2011 – June 2016), FACT SHEET 44)Tegang, S.P. and Tegli, J.K.(December, 2011). Size Estimation of Sex Workers, Men who have Sex with Men, and Drug Users in Liberia, p.6 45)Ibid., pp.6-7 46)Ibid., p.8 47)大統領2013年年頭演説(2013年 1 月28日) 48)WHO 統 計(http: //apps. who. int/ghodata/? vid = 92000#(2013年 2 月11日アクセス))。2008年の数値 49)MoHSW. National Health and Social Welfare Policy and Plan 2011-2021, p.61. なお、医師については Physician の数、看護師・助産師については Nursing Director・Registered Nurse・CM・Nurse Midwife の合計、検査職員については Laboratory Technician とLaboratory Assistant の合計 50)同一段落内に挙げた医師数について 2 節最初の データの項に挙げた人口から算出。 51)WHO 統 計(http: //apps. who. int/ghodata/? vid = 92000#(2013年 2 月11日アクセス))。2008年の数値 52)2021年時点の想定人口(4,555,985人)(MoHSW. National Health and Social Welfare Policy and Plan 2011-2021, p59)から算出。 53) MoHSW. (July, 2011). Country Situational Analysis Report, pp.25-26 54)MoHSW. National Health and Social Welfare Policy and Plan 2011-2021, p.23. SDPは全国で計231(施 リベリアの母子保健(中嶋) 231
  • 14. 設:150・巡回診療拠点:81)の設置が計画されてい る(Ibid., p.50)。 55)Ibid., pp.22-23 56)MoHSW. Annual Review Report National Health and Social Welfare Plan Implementation, 2011-2012, p.37. 同. FY 2011-2012 DashBoard. 57) MoHSW. (July, 2011). Country Situational Analysis Report, p.28 58)Ibid. 59)MoHSW. National Health and Social Welfare Policy and Plan 2011-2021, p.68 60) MoHSW. (July, 2011). Country Situational Analysis Report, pp.29-30 61)MoHSW. National Health and Social Welfare Policy and Plan 2011-2021, p.67 62)Ibid., pp.32-33 63)報告者試算。 64) MoHSW. (July, 2011). Country Situational Analysis Report, p.30 65)リベリアの財政年度は 7 月から翌年 6 月まで。 66)正式名称は エイズ・結核・マラリア等感染症に 係るアブジャ宣言及び行動計画("Abuja Declaration on HIV/AIDS, Tuberculosis and Other Related Infectious Diseases”)(2001年 4 月27日採択)(http: //www. un. org/ga/aids/pdf/abuja_declaration. pdf (2013年 2 月 2 日アクセス)) 67) MoHSW. (July, 2011). Country Situational Analysis Report, p15のデータに対する報告者による 試算 68)Ibid. 公的施設による診療は無料であるのに対し、 その他の財源の 85% が私立施設による診療に対して 使われている。 69)Ibid., p.18 70)WHO.(December 21, 2001). Macroeconomics and Health: Investing in Health for Economic Development, p. 11, 12, 54, 55, 110(http: //whqlibdoc. who. int/publications/2001/924154550X. pdf(2013 年 2 月11日アクセス)) 71)MoHSW. National Health and Social Welfare Policy and Plan 2011-2021, p.84 72)MoHSW. Annual Review Report National Health and Social Welfare Plan Implementation, 2011-2012, p.42 73)MoHSW. National Health and Social Welfare Policy and Plan 2011-2021, p.84 74)Devex, Results-based aid in Liberia: USAID Forward (and one step back)(http: //www. devex. com/(2013年 2 月 2 日アクセス)) 75)MoHSW. National Health and Social Welfare Policy and Plan 2011-2021, pp.20-21 76)Ibid., pp.64-65 77)United States Government.(September, 2011). Global Health Initiative Liberia Strategy, p.5 78)Ibid., pp.12-18 79)USAID.(April 14, 2011). Best Practices at Scale in the Home, Community and Facilities: USAID Liberia BEST Action Plan, p.6 80)Ibid., pp.10-12 81)DFID in Liberia.(April, 2011). Operational Plan 2011-2015, p.3 82)Ibid., p.7 83)DFID.(May, 2011). Summary of DFID’s work in Liberia 2011-2015 84)日本政府.(2010年 9 月). 国際保健政策2011-2015, p. 2 (http: //www. mofa. go. jp/Mofaj/gaiko/oda/doukou/mdgs/pdfs/hea_pol_ ful_jp.pdf(2013年 2 月11日アクセス)) 85)Kapila, M. Healing Broken Societies: Can Aid Buy Love and Peace?, Global Governance 13(2007), pp.17- 24 86)Smith, R. D. and MacKellar, L.(September 22, 2007). Global public goods and the global health agenda: problems, priorities and potential 232 社会科学研究年報 2012 No. 43