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ベイズモデリングによる
第2種信号検出モデルの表現
2018.06.30 広島ベイズ塾WS3rd
『心理学者のためのベイズ統計学:モデリングの実際と,モデル選択・評価』
教育心理学への実践
川崎医療福祉大学 医療福祉学部 臨床心理学科
山根 嵩史
概要
1
・信号検出理論とは
・第1種・第2種課題と信号検出理論
・第2種信号検出モデルの問題点
・meta-d’とHMeta-d’
・実際のデータへの適用例
この発表で伝えたいこと
2
✔︎ 信号検出理論ではノイズと刺激の弁別力を評
価できる
✔︎ メタ認知研究などで用いられる第2種課題に
対して信号検出理論を当てはめるとバイアス
がかかる
✔︎ ベイズ推定ならバイアスフリーな指標が推定
できる(他にもいいことがある)
✔︎ うれしい ✌('ω'✌ )三✌('ω')✌三( ✌'ω')✌
信号検出理論とは
3
✔︎ 信号検出理論(SDT: Signal Detection Theory)は,
無視すべき刺激 (ノイズ) と反応すべき刺激
(信号) の弁別力を評価するための理論であり,
心理学においても古くから用いられてきたモ
デルの1つ
e.g.) 記憶の再認課題
☞ 刺激がNew(ノイズ)かOld(信号)かを判断
単語/非単語の識別課題
☞ 刺激が非単語(ノイズ)か単語(信号)かを判断
N分布とSN分布
4
✔︎ 信号検出理論では,ノイズと信号に対応する
2つの分布を仮定する
N分布 SN分布
N分布:ノイズが呈示されたときの心理量の分布
SN分布:信号+ノイズが呈示されたときの心理量の分布
心理量:信号強度に対応した心理量
心理量
確率密度:各分布のもとでその心理量が生じる確率 (尤度)
信号検出の感度
N分布とSN分布の関係は,信号の
強度 (と感覚系の特性) によって決まる
M0 M1
M0 M1
M0 M1
信号強度に対応する心理量が大き
いほど,N分布とSN分布は離れる
N分布の平均(M0)とSN分布の平均
(M1)の差を,N分布の標準偏差sで
割った値
は信号検出力と定義される
(信号検出の感度の指標)
心理量が小さいほど,N分布とSN
分布が重なり,信号検出は困難に
参加者の判断基準
参加者は,心理量を観察し,その
心理量がどちらの分布から得られ
たものかを判断する
(e.g., 再認課題におけるOld/New判断)
参加者は,心理量がある一定の値
を超えたときに信号アリ (“Yes”)と,
その値未満のときに信号ナシ
(“No”)と判断すると考える
M0
M1
k
k
正棄却 誤警報
ミス ヒット
判断基準 (k) とN分布,SN分布の
関係は左図のようになり,得られ
たヒット率と誤警報率をもとに,
N分布とSN分布を推測することが
可能になる
Yes反応 No反応
信号+ノイズ ヒット ミス
ノイズ 誤警報 (FA) 正棄却 (CR)
第1種課題と第2種課題
7
✔︎ 認知課題は,通常の刺激弁別課題である第1
種課題 (Type 1 task)と,第1種課題に対する
主観的判断である第2種課題 (Type 2 task)に
分けられる 記憶研究における例:
再認課題 → 第1種課題
確信度判断課題 → 第2種課題
+
おやつ 先ほどの回答の
自信の程度を
入力してください
%
第1種課題
第2種課題
参加者の反応:Old/New
参加者の反応:0 〜 100
第1種課題の信号検出モデル
8
✔︎ 第1種課題に対する信号検出モデルでは,刺
激の種類 (Old/New) と参加者の回答
(Old/New) に応じて反応を4つに分類する
R1: Old R1: New
S: Old Hit Miss
S: New False Alarm Correct Rejection
第1種信号検出モデルの反応テーブル
※第1種信号検出モデルについてもベイズ推定が可能。豊田
(2017), Lee & Wagenmakers (2013; 井関訳, 2017) などに日
本語の解説およびStanコードがある
S = 刺激
R1 = 第1種課題における参加者の反応
第2種課題の信号検出モデル
9
✔︎ 第2種課題についても,第1種課題の正答/ 誤
答に対する第2種課題の反応に基づいて,信
号検出モデルを当てはめることができる
(Maniscalco & Lau, 2014)
R2: High Confidence R2: Low Confidence
R1: Correct
(Hit+CR)
Type 2 Hit Type 2 Miss
R1: Incorrect
(Miss+FA)
Type 2 False Alarm Type 2 Correct Rejection
第2種信号検出モデルの反応テーブル
しかし,この方法には問題点がある
R1 = 第1種課題における参加者の反応
R2 = 第2種課題における参加者の反応 (確信度 高・低の二段階)
第2種信号検出モデルの問題点
10
✔︎ 第2種信号検出モデルの問題点
(Galvin et al., 2003)
・正規性の仮定が満たされない場合がある
・第2種信号検出モデルの弁別力は,第1種課
題の弁別力や正答率に影響される
☞ 第2種課題の感度が同じ参加者でも,
第1種課題の成績の違いによって「異
なる感度をもつ」と判断されてしまう
Meta-d’とHMeta-d’
11
✔︎ バイアスのない第2種課題の信号検出力の指
標として,Meta-d’が提案されている
(Maniscalco & Lau, 2012)
✔︎ Meta-d’は第1種課題の成績によって調整され
た第2種課題の弁別力である (草薙, 2017)
✔︎ さらに,ベイズ推定による階層的Meta-d’の推
定 (HMeta-d’) も提案されている
(Fleming, 2017)
第2種課題へのベイズアプローチ
12
✔︎ 第2種課題に対するベイズアプローチの利点
(Fleming, 2017)
1. 点推定ではないので,meta-d’の推定に含まれる不
確実性を評価できる
2. 階層ベイズアプローチを用いることで,参加者の
情報を潰さずに群間比較が可能
3. 度数が0のセルがあっても推定できる (補正の必要
がない)
4. グループレベルの仮説について自然に解釈するこ
とができる
2, 3は心理実験において特にうれしい
13
✔︎ Fleming (2017) では,母数を固定し,trial数
を変化させた場合の偽陽性の確率についてシ
ミュレーションを行っている
HMeta-d’の頑健性
HMeta-d’ はtrial数が少
なくても頑健な推定が
可能 (心理実験向き)
出典: Fleming (2017). HMeta-d: hierarchical Bayesian estimation of metacognitive efficiency from confidence ratings. p.10
Meta-d’およびHMeta-d’の実装
14
✔︎ Meta-d’ (最尤法) については,Maniscalco &
Lau (2014) のMatLabコード が利用可能
✔︎ また,Rのパッケージ“metaSDT”もある
(https://github.com/craddm/metaSDT)
✔︎ HMeta-d’についてはFleming (2017)に,
JAGSによる推定を行うMatLabコードが公開
されている (非階層的なMeta-d’もベイズ推定
可能)
実際の適用例
15
✔︎ 大学生16名について,刺激リストの学習-再
認課題を3回繰り返し実施
✔︎ 再認課題の回答の確信度(4段階)を測定
問題点①:再認課題の正答率がかなり高い
問題点②:第2種課題のセルが0の参加者がい
る
ベイズ推定によるHMeta-d’の推定
16
✔︎ 各学習フェーズにおける確信度判断の弁別力
について検討するため,ベイズ推定による
HMeta-d’を推定
✔︎ HMeta-d’なら,正答率の影響を調整した確信
度判断の弁別力を評価できる
☞ 問題点①をクリア
✔︎ ベイズ推定なら,度数が0のセルがあっても
計算が可能 (最尤法のMeta-d’のコードは走らない)
☞ 問題点②をクリア
Meta-d’の解釈
17
✔︎ 第2種課題の弁別性 (e.g., 確信度の感度) は,
d’とMeta-d’の比 (Meta-d’/d’) で評価する
Meta-d’/d’ = 1:第2種課題の弁別に,第1種
課題の情報をすべて利用
している
Meta-d’/d’ < 1:第2種課題の反応にノイズ
が生じている
Meta-d’/d’ > 1:第2種課題の反応に追加の
情報を利用している
推定結果
18
Meta-d’/d’
95%HPDI
M 2.5% 97.5%
L1 1.210 1.024 1.371
L2 1.924 1.026 2.495
L3 1.457 1.147 1.737
各学習フェーズ (L1〜3) におけるMeta-d’/d’
✔︎ どの学習フェーズにおいても,Meta-d’/d’の事
後分布の95%最高密度区間 (HDI) は1を含ま
ない
☞ 参加者はいずれのフェーズでも,何らか
の追加情報をもとに確信度判断している
信号検出理論の応用可能性
19
✔︎ 信号検出理論は“ノイズ”と“信号”の定義次第で
様々な心理現象の測定に応用できる
✔︎ 第2種信号検出モデルも,これらの心理現象
に対する意思決定やメタ認知的な判断の感度
やバイアスの検討に有用である
✔︎ 今後,こうした手法が市民権を得ていくと思
われる (草薙, 2018)
おわりに
20
✔︎ ベイズモデリングによって,第2種課題の信
号検出力の指標を正しく推定可能
✔︎ ベイズモデリングは既存の 認知モデルを表現
し,拡張することもできる
✔︎ いきなりゼロからモデルを考えるのはちょっ
と...という方は,既存のモデルのベイズによ
る分析からトライしてみるのはいかがでしょ
うか
引用・参考文献
Fleming, S. M. (2017). HMeta-d: hierarchical Bayesian estimation of metacognitive efficiency
from confidence ratings. Neuroscience of Consciousness, 1, 1-14.
Fleming, S. M., & Lau, H. C. (2014). How to measure metacognition. Frontiers in human
neuroscience, 8, 1-9.
Galvin, S. J., Podd, J. V., Drga, V., & Whitmore, J. (2003). Type 2 tasks in the theory of signal
detectability: Discrimination between correct and incorrect decisions. Psychonomic
Bulletin & Review, 10, 843-876.
草薙邦広 (2018). 外国語教育研究における第二種信号検出モデル: 基本の理解とベイジ
アンモデリング 広島外国語教育研究, 21, 169-185.
Lee, M.D., & Wagenmakers, E. J. (2013). Bayesian Cognitive Modeling: A Practical Course.
Cambridge: Cambridge University Press.
(リー, M. D. & ワーゲンメイカーズ, E. J. 井関龍太(訳) 岡田謙介(解説) (2017).
『ベイズ統計で実践モデリング 認知モデルのトレーニング』 北大路書房)
Maniscalco, B., & Lau, H. C. (2014). Signal detection theory analysis of Type 1 and Type 2
data: Meta-d’, response-specific Meta-d’, and the unequal variance SDT model. In:
Fleming, S. M., Frith, C. D. (Eds), The Cognitive Neuroscience of Metacognition. Berlin
Heidelberg: Springer, 2014.
三好清文 (2016). 再認記憶データモデリング 心理学評論, 59, 367-386.
Pallier, C. (2002). Computing discriminability and bias with the R software (http://www.pallier.
org/pdfs/aprime.pdf)
豊田秀樹 (2017). 『実践ベイズモデリング:解析技法と認知モデル』東京:朝倉書店.

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