抄録
問題と目的
子どもにとって親との離別は、愛着の対象を失う悲嘆の体験であり、発達の危機といえる。平木(2012)は、親との離別のうち、離婚も子どもにとっては、<あいまいな喪失>体験であると指摘する。今日、子どもの悲嘆やトラウマへの支援が急務だが、保育現場では殆どその対策が講じられていない。そこで本研究では、保育士による支援法の開発を目指し、保育士への聞き取りをもとに、保育現場における子どもの喪失体験への対応の実態を明らかにすることを目的とする。
方法
研究会所属の6保育園の園長と主任計11名を対象に半構造化面接を行った。事前・調査時に趣旨説明と協力依頼を口頭と文書で行い、承諾を得られた対象者にText Mining Studio Ver.6.1でテキストマイニング分析を行った。本稿は11名のうち、特に離婚後の子どもの対応の難しさを語ったA氏を分析対象とした。
結果
【A氏の事例】離婚後1年経過した単親世帯の母親が保育園へ電話を寄越し、親子でつかみ合いをした末、女児B(5歳)が部屋に灯油をまいたとのことで、園長と担任A氏が自宅に駆けつけた。膝を抱えて黙る女児にA氏が対応した。以後、女児と母親とも本件について話し合うことなくX+9年が経過した。
A氏の単語出現頻度(図1)のうち、59回の動詞「思う」を原文参照すると、「今思えば…」と振り返り、「あの時のB(女児)の気持ちに触れた人は…一人も、今思えば、いなくて、唯一できた私も、この問題は…ナーバスだからやめとこって…」と女児と向き合うことへの戸惑いを述べていた。また、「(親子)二人だけの空間というのは、息詰まるものがもしかしてあって…だからってその環境を私たちが変えられる訳ではないので、今も何が支援できるのかなあって、ちょっと勉強したいなあとは思うんですけど…」と女児の環境の理解とその支援を学びたいという意欲を語っていた。
21回の動詞「分かる+ない」を原文参照すると、「結局自分が何をしていいのか分からなくて、家に出向いたり、話を聞いたりして…」と不安を感じつつの保育について述べていた。「その時(灯油をまいた直後、保育士に)、Bちゃんが言ったのは、なんかなくなればいいみたいな、家がってみたいなことを言っていたので、そういう発想をしているっていう、ことすらも、分からなかったので」、「保育園での中で楽しいことをすればいいなっていう風に思ってたので、その話はしたことなく、子どもとはしたことはないので、直接の気持ちはわからないんですけど」と子どもの気持ちがわからなかったことを語っていた。しかし、「いろんなお子さんと接した時に、なんか自分自身ももうちょっと、もうちょっと踏み込んでみようとか、それがいいかは分からないんですけど…」と経験を踏まえた今後の取り組みへの意欲と戸惑いについて述べていた。
12回出現の名詞「言葉」を原文参照すると、「5歳児の言葉で、どんなにつたなくても、言葉が、丁寧な説明ができなくても…」、「うまく言葉にはきっと出来ないから、嫌いとか、そういう単純な言葉でしかきっと言えないと思うんですけど、その単純な言葉の裏にあるいろんな気持ち…(中略)聞いてあげれば、なんか聞いてあげたかったなあって今…」と、女児の言葉での感情表出を促し、保障する必要性があったのではないかと後悔を述べていた。
図1 A氏の単語出現頻度
考察
保育士の「戸惑い」が顕著であった。それは、本ケースの理解の枠組みが無いため、自分の力量への不安感と考えられる。「気になる子」への保育士の「困り感」に関しては実践と研究があるが、そこに子どもの喪失体験は含まれず、戸惑うのは当然であろう。また、女児の“荒れた”状態への一定の関わりは行ったが、女児の言葉や気持ちを十分にわかることができなかったので、今後の勉強が必要と述べている。保育士は、従来の保育内容に加えて、<あいまいな喪失>を含めた親との離別体験に伴う悲嘆やトラウマへのケアに関する知識とスキルを身につける必要があると考える。
引用文献
平木典子,2012,離婚・関係の解消による喪失,精神療法,38(4), 47-51.
キーワード:,あいまいな喪失,トラウマケア,保育
本研究はJSPS科研費17K04297の助成のもと行った。