研究背景・研究目的
認知症は脳機能の衰退により、自立した日常生活を困難にさせるという性質上、周囲からは外見的な症状や問題が注目されてきた。日本では、認知症の人の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続けることができる社会の実現が目指されている。認知症の人やその家族の視点が重要である。当事者不在から当事者主体の取り組みへとシフトされ始めている。つまり、周囲によるステレオタイプの脱却から、その人のもつ本来の力である“強み”への注目が課題とされる。
そこで本研究では、認定NPO法人 健康と病いの語り ディペックス・ジャパンが運営する「健康と病いの語りデータアーカイブ」の語りのデータを二次的利用し、認知症本人と家族介護者の語りより、認知症本人(当事者)たちの強みを明らかにすることを研究目的とした。
研究方法
【分析対象】
分析対象者は、認定NPO法人 健康と病いの語りディペックス・ジャパンよりデータシェアリングを受けた認知症本人12名による語りのデータとする。
【分析手順】
テキストマイニングと質的内容分析を用い結果を統合した。
【倫理的配慮】
認定NPO法人 健康と病いの語りディペックス・ジャパンより「健康と病いの語りデータアーカイブ」のデータの利用許可を得ることで、倫理的配慮を確保したものとする。
結果
・(1)テキストマイニングによる量的分析
【基本情報】
分析対象者は、男性7名、女性5名の計12名で、認知症と診断された時の年齢が50歳~79歳、インタビュー時の年齢は52歳~82歳だった。認知症の診断区分は、若年性認知症から脳血管型、レビー小体型、アルツハイマー型認知症と、全ての認知症が含まれていた。当事者の語りは、総文章数6,100、述べ単語数は42,705だった。
【単語頻度解析】
当事者の語りにおいて、上位20単語の出現頻度では、「いう」、「思う」、という動詞が上位を占めた。インタビュー形式による回答であることが影響するものと考え、今回は、当事者自身のことが語られていると推察できる単語として、「人」(409回出現)、「自分」(399回出現)に着目した。計808の単語数が確認された。
・(2)「人」「自分」をキーワードとした質的内容分析 (表1)
「人」の係り受け分析を基盤に、原文参照による質的分析を行った結果、「人-いる」、「人-思う」、など計18単語の係り受けが強みの対象になった。個人の強みとして12の強みが、環境面に
は10の強みが確認された。ここでの強みは、同じ認知症の
人が困っているなら何とか対処したいといった〈人に対する
役割がある〉、人の言ったことをうのみにしないなどの〈認
表1 「人」・「自分」の係り受けから抽出された強み
識を変える〉、〈思考の切り替え〉が確認できた。役割の果た
し方としては、人に話すことが多く確認され、これは〈役割を通じて自己効力感が得られる〉、〈自分らしさの明確化〉に発展しているようだった。また、〈孤独ではない〉、〈友人・人による指摘〉を受けて病気に気づいたり、〈話す場がある〉、〈話す人がいる〉ことで心の整理をする機会を得ていた。そして、同じ病気を抱える人と話をすることで〈共感できる場〉が確保され、〈社会交流の広がり〉が見られた。
「自分」の係り受け分析を基盤にした原文参照による質的分析では、「自分-思う」、「自分-やる」など計13単語の係り受けが強みの対象になった。個人の強みとして13の強みが、環境面では2つの強みが確認された。ここでの強みは、病気を抱える自分に対して、〈努力する姿勢〉や症状を〈自己統制する〉であった。また、自分を受け入れられるように〈調べる〉、〈思考の切り替え〉、などをすることで、〈自分を取り戻す〉、〈自己の肯定化〉が確認できた。そして、今回の当事者たちは、たとえ認知症になっても、自分で考えることを諦めることなく、〈信念がある〉ことも確認できた。
考察
本研究では、認知症当事者が前向きになるためには、〈思考を切り替える〉、〈認識を切り替える〉という強みがきっかけになることが明らかになっている。そのためには、専門家のサポート、人と話す機会や社会関係が必要になることもわかった。認知症になりゆく社会心理的経過には“からくり”があり、それは言葉と役割を失うことでつながりをなくし、寄る辺がなくなるとされている(高橋, 2014)。つまり、社会との繋がりをいかに確保するかが、支援者側の鍵になると言える。
引用文献
高橋幸男(2014).精神科における認知症医療の課題と展望:-認知症の人のメンタルヘルスと市域生活支援.-老年精神医学雑誌, 25(7), 731-737
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