第60回数理社会学会大会萌芽的セッション報告の発表資料です．当日はポスターセッションでしたが，このファイルはそれをスライドとして再構成したものです．

1. 利己的なネットワーク形成のマクロ的帰結
―エージェント・ベースト・モデルを用いて―
東京大学人文社会系研究科修士1年 前嶋直樹
第60回数理社会学会大会＠大阪経済大学

2. ソーシャル・キャピタル論におけるミクロ・マクロ問題
＝社会的ネットワークから一個のアクターが利益を得るという前提を共有する議論
＝社会的ネットワークからアクターによって構成される集合体が利益を得るという前提を共有する議論
※同様の類型化を行なう論者としては稲葉(2007),金井(2010)など
ミクロ・ソーシャル・キャピタル論
マクロ・ソーシャル・キャピタル論
ソーシャル・キャピタル論におけるミクロ-マクロ問題を，
社会的ネットワークのダイナミクスという視点から検討。
あらゆる個人が利己的にミクロ・ソーシャル・キャピタルを獲得、蓄積していった時、
社会全体のソーシャル・キャピタルは増えるのか、それとも減るのか。ソーシャル・
キャピタル論で想定されている部分最適と全体最適は両立するのか。

3. ミクロ・ソーシャル・キャピタル
指標名 説明 数式
近接中心性
他の頂点まで平均してどれくらい近いかの程度
（自分以外の頂点までの距離の総和の逆数）
𝑵 − 𝟏
𝒋=𝟏;
𝒋≠𝒊
𝑵
𝒅 𝒗𝒊, 𝒗𝒋
媒介中心性
ネットワーク上を流れる情報を制御・中継する程度
（u-vの間の測地線のうち、ノードiを通る測地線の割合）
𝒊 𝒔=𝟏;𝒊 𝒔≠𝒊
𝑵
𝒊 𝒕=𝟏;𝒊 𝒕≠𝒊
𝒊 𝒔−𝟏 𝒈𝒊
(𝒊 𝒔 𝒊 𝒕)
𝑵𝒊 𝒔 𝒊 𝒕
𝑵 − 𝟏 𝑵 − 𝟐 /𝟐
固有ベクトル中心性
(Bonacich 1972)
中心的な頂点と隣接する程度
(隣接行列の最大固有値が与える固有ベクトル)
𝝀 𝑵 𝒖 = 𝑨𝒖
拘束度
(Burt 1992)
相手の構造的空隙によって自分が制約されない程度 ci = 𝑝𝑖𝑗 + 𝑝𝑖𝑘 𝑝 𝑘𝑗
𝑘≠𝑖,𝑘≠𝑗
2
𝑗 ≠𝑖
ネットワーク指標からアクターのソーシャル・キャピタルを計測するという見方
(Borgatti et al. 1998)
ミクロ・ソーシャル・キャピタルの蓄積とは、以上のようなネット
ワーク指標を向上させるように、紐帯を操作することとして定義。

4. 先行研究
①Buskens and van de Rijt(2008)
あらゆるノードが拘束度を最小化するように紐帯を追加・削除 して
いった時、完全二部グラフが最も頻繁に出現する。
②Buechel and Buskens(2013)
近接中心性、媒介中心性、およびその組み合わせを効用に用いて、効用
が改善するようにエッジを追加・削除して行った時、近接中心性の場合
はスター、媒介中心性の場合は完全二部グラフが頻繁に出現する。
→少ないノード数で、均衡状態において出現するネットワークの形態に興味。
大規模なアクターからなる社会を想定し、各ネットワーク指標をアクターの効
用とした時、マクロ・ソーシャル・キャピタルにどのような影響をもたらすか。
本研究の眼目
4
・中心性や拘束度の向上をアクターの選好とした時のネットワーク・ダイナミクスを検
討している先行研究

5. マクロ・ソーシャル・キャピタル
コールマン
(Coleman)
パットナム
(Putnam)
財の種類 クラブ財 公共財
社会の規模
小規模
（PTA・町内会
など）
大規模
（地方自治体・
国など）
ネットワーク構
造
結束
結束
＋ 橋渡し
醸成される信頼 特定化信頼
特定化信頼
＋ 一般化信頼
２つのマクロ・ソーシャル・キャピタル
→本研究では、パットナムによるマクロ・ソーシャル・キャピタル論に依拠。
「人間関係が濃密だがタコツボ化した
水平的ネットワークは、各グループ内
での協力は維持させるが、社会的亀裂
を横断する市民的参加のネットワーク
は、もっと幅広い協力を育てる。この
点が、なぜ市民的参加のネットワーク
が、ある共同体の社会資本の蓄積のか
くも重要な一部であるかのもう一つの
理由である。」
(Putnam 1993=2001:218)

6. 「市民的参加のネットワーク」の操作化
開放的トライアド閉鎖的トライアド
結束型のネットワーク（左）と橋渡し型の
ネットワーク（右）の割合に均整の取れた状
態が、マクロ・ソーシャル・キャピタルの高
い状態として仮定。
𝑖,𝑗,𝑘 𝑒𝑖𝑗 𝑒𝑗𝑘 𝑒 𝑘𝑖
𝑖,𝑗,𝑘 𝑒𝑖𝑗 𝑒𝑗𝑘(1 − 𝑒 𝑘𝑖)
結束/橋渡し比＝
↑ある値を理想値とした時、そこから乖離すると、マクロ・ソーシャル・キャピタ
ルが減少するとする。

7. 方法
前提１：ノードの数(=1000)と紐帯の数(=2000)を固定。
前提２：出発点としてWSモデルを採用。
前提３：アクターは局所的情報に基づいて操作。
前提４：橋渡し/結束比は所与の値を理想値とする。
前提５：効用関数の同質性の仮定。各指標を同条件で比較。
エージェント・ベースト・モデルを用いて、あらゆるアクターが自らのネットワーク指標（＝ミクロ・ソーシャ
ル・キャピタル）を向上させるように、周囲のネットワークを操作した時、結束/橋渡し比はどのように変化する
かを検討する。
A) Watts-Strogatzモデルからノード数1000のランダムグラフを作成
B) グラフGの中からノードを無作為に１つ抽出
C) 選択されたノードの2次近傍によって誘導される部分グラフG’を作成（右上図）。
D) G‘の中で、効用が最大化されるように紐帯を１本削除し、１本追加する。最大値を取るような操作が複数あ
れば、そこからランダムに１つの操作を選択する。（→紐帯の総量の固定）
E) BからDを1000回繰り返す。
F) AからEを100回繰り返す。
手順

8. 橋渡し/結束比の変化
• 拘束度、近接中心性、媒介中心性 →結束/橋渡し比は減少
• 固有ベクトル中心性 →結束/橋渡し比は増加
• 拘束度、近接中心性、媒介中心性については、変化の仕方や平均、分散に、特別な違いが見られない。

9. 異質性を認めた場合
橋渡し/結束比を増加させる指標と減少させる指標に分類され、変化量の絶対値はほとんど同じであ
ることに注目して、同質性の仮定を緩め、効用関数を多様にする。ノードを固有ベクトル中心性を
向上させるグループと、拘束度を向上させるグループに分割し、両者の比を変えながら再び分析。
結束:橋渡し＝5:5では
ほとんど変化なし

10. 結論と今後の展開
• ミクロ・ソーシャル・キャピタルを一元的に定義すると、マクロ・ソーシャル・キャピタルの考
える最適と相矛盾することがある、つまり、ソーシャル・キャピタルにおいて部分最適と全体最
適が両立しないことがある。しかし、結束志向/橋渡し志向という二種類の効用関数を仮定すると、
矛盾は解消される。
• 信頼・規範については私的財としてのSC/公共財としてのSCという区分がなされることがあるが、
これは社会ネットワークについても同様に適用される。
• 橋渡し志向の効用と結束志向の効用を混合させたネットワークダイナミクスが求められてい
る(Buskens and van de Rijt 2008)中で、固有ベクトル中心性が結束志向の効用の
フォーマルな定式化として有効。
• 本研究は絶え間なく紐帯が繋ぎ変えられていくという点で非現実的。対均衡などの均衡条件
(Jackson and Wolinsky 1996)を導入して、「橋渡し志向のノード」と「結束志向のノー
ド」の２種類のグループが混在するネットワークで、均衡状態に到達するかどうか、また、
その時のネットワークの特徴量を調べる。
社会圏の交錯(Simmmel 1922, Blau 1977)に対する
ネットワーク論的アプローチの可能性
今後の展開
結論

11. 参考文献
Blau, P. M., & Schwartz, J. E. (1984). Crosscutting social circles. Orlando, FL: Academic.
Bonacich, P. (1972). Factoring and weighting approaches to status scores and clique identification. Journal of Mathematical
Sociology, 2(1), 113-120.
Borgatti, Stephen P., Jones, Candace and Everett, Martin G.(1998). "Network measures of social capital," Connections,
21(2):27-36.
Buechel,B.,&Buskens,V.(2013).The dynamics of closeness and betweenness. The Journal of Mathematical Sociology,
37:3,159-191.
Buskens,V.,&Van de Rijt,A.(2008).Dynamics of networks if everyone strives for structural holes. American Journal of
Sociology,114,371-407.
Burt,R.S.(1992).Structural Holes: The social structure of competition. Cambridge, MA:Harvard University Press.
Jackson,M.,&Wolinsky,A.,(1996).A strategic model of social and economic networks. Journal of Economic Theory,71,44-74.
Putnam, R.D.(1993). Making democracy work: civic traditions in modern Italy. Princeton University Oress.（＝河田潤一,2001,
『哲学する民主主義―伝統と改革の市民的構造』NTT出版）
Simmel,Georg.,(1922),Die Kreuzung sozialer Kreside.
金井 雅之, 2010, 「個別的社会関係資本と集合的社会関係資本の相互関係 ――観光まちづくりを事例として――」『理論と方法』,25(1):1-14.
稲葉 陽二, 2005, 「ソーシャル・キャピタルの経済的含意 ――心の外部性とどう向かい合うか」『計画行政』 ,28(4):17-22.