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南限域の「天然記念物」指定さ
れたブナ林をどう守るか
佐久間大輔(大阪市立自然史博物館)
国指定天然記念物「和泉葛城山ブナ林」
• 指定年月日 大正12(1923)年3
月7日 大阪府 貝塚市蕎原、岸
和田市塔原
• 国天然記念物指定区域
(コアゾーン) 8.12ha
• 周辺緩衝樹林帯
(バッファゾーン)
46.63ha
規模としてはごく小規模の
山頂の孤立林
特色
• また、和泉葛城山ブナ林の特徴として、高龗神社(八大龍
王 社/葛城神社)の社寺林としてのブナ林という歴史的価
値
• 太平洋型ブナ林としてブナ以外の樹種も多く含んでいる。
• 大阪南部はシカがほとんどいない。ただしイノシシ害は激
しい。
• その中で、現在に至るまで、地元、旧塔原村、相川村、
河合村、木積村、蕎原村の五ケ庄が、八大龍王を祀る高
龗神社の社寺林として、守り、手を加えてきた歴史があ
り、「天然林」としてではなく、人為的な所作が加え
られ保護された「自然林」である点が 重要。
• 1988年国指定天然記念物和泉葛城山ブナ林 保護増殖調査
委員会発足 (会長 四手井綱英)
和泉葛城山ブナ林保全事業計画(平成 4
年 3 月)における保全整備の考え方
林野行政の色彩を強く
にじませた「ブナ育林」
と、文化財行政としての
天然記念物保護をなじま
せようとした計画。
ただし、ブナ偏重はト
ラブルも生んだ。例えば
シデの伐採
他地域産のブナ植樹など
後に伐採
不幸なリスタート
• 2017年、管理していた団体が保護
地区内の胸高直径81cmのブナを
「通行者の危険回避を目的として
伐採」
• 地元も保全関係者も大きく反発
• 文化庁からも強く指導
• 管理のあり方を考えるために、保
護増殖調査委員会が再始動。
• 今後の保全施策を考えるために
10カ年計画を策定することに。
考える前提
1.太平洋型ブナ林? • 天然記念物の調査報告書に
は「ブナ純林」となってい
るがそうは思えない
• 伊藤らの調査表を見てもブ
ナの優占度はそれほど高く
ない、高い部分も局所的。
• イヌシデ、アカシデ、また
調査表にはないがアカガシ
などの存在感も大きい。太
平洋型ブナ林と捉えた保全
が必要
⇔これまでの保全対策と矛
盾
伊藤・榎・高原1991「和泉葛城山ブナ林周辺の植生と森林構造」
前提2
ブナ林なのに人との関係が
重要?!
• 周辺はおそらく採草地だった歴史が長い
• 伐採されたブナの材・年輪を調べると、林
分の保全はされながらもおそらく、枝の採
取などはされていた
• 保全のためにも地元の同意が重要
• 行政的規制だけでなく地域と考える重要性
岡本素治(2020)天然記念物「和泉葛城山の
ブナ林」から得られた材幹標本(樹齢約
300 年)の年輪解析
仮製版地形図牛滝山(1910年測量)
そもそも天然記念物とは
概要
• 文化財保護法の制度で、文化
庁が所管。 「動物、植物及び
地質鉱物で我が国にとって学
術上価値の高いもの」のうち、
重要なものとされる。
• 国指定以外に都道府県指定、
市町村指定などがあり、文化
財保護課が担当。
• 生物多様性保全の制度ではな
く、人との関わりなどシンボ
ル的な要素も重視される。
課題
• 指定・管理許可する側に生物
系の人材が少ない。
• もともと行為規制中心の制度
であった近年、保全活用大
綱にもとづく保護管理計画の
策定とそれに基づいた管理が
重視されるように。
• 環境政策との連携が少なく、
環境系の補助金メニューは少
ない
和泉葛城山ブナ林の現状・課題
温暖化
• 夏の気温上昇が激しく、温量
指数も90台
種子生産
• 開花はしても種子が結実しな
い。最後の大豊作は1993年。
その後は花は咲いても結実殆
どしない。
ブナ林としての存続が厳しい?
ブナの稚樹加入がほとんどない、
高齢巨木化
ギャップにもほとんど新規加入ブナ
稚樹がいない
• 台風ギャップなどが拡大してい
る?枯死率は庇蔭された中径
木以下で高く、林冠木では低い
• ギャップでも、実生は稚樹まで
成長せず、当年でほぼ消える
• 成長率と枯死率から林分の胴体
をシミュレートできる。
委員でもある元 大阪府立大
の前中 久行氏が実施(未発表)、
高木層の衰退はまだすぐに進む
わけではなく、2−30年は成
長が進行。
1cm以下も新規加入はほとんどなく、枯
死はせず(大きくもなれず)に生き残っ
ているだけ
対応策を検討
コアゾーン:天然記念物として強い保護
バッファーゾーン:比較的柔軟な保護策可能
対策を切り分けて、一体としての価値保全を
図る
温暖化激甚影響緩和策としての生態系保全
バッファーゾーンでのブナ新規育成
• バッファーゾーンで続けているブナの育成(和泉葛城由来の種
子から)は順調
• コアゾーン内のギャップだけでは稚樹成長しない。
バッファーゾーンを大きなギャップ地と捉えて成林を目指し、
コアゾーンに生きる動植物の将来の生息場所に。
さらなる課題
• ブナ以外の林冠構成種他植物群
集への影響は
• 後継木育成ではなく、林分単位
での後継生息地確保の妥当性
• 後継林分育成のための種子をど
う確保するか
• 地域との社会経済的なつながり
• 過去調査があまりないが、調査
必要。特にナラ枯れが懸念され
ている。
• 代替生息地として機能していく
のか?
多様性モニタリング必要
• 結実するか?2020年は大規模に
開花したが結実しなかった
原因究明・対策検討
• 価値認識を促した上での行楽利
用、集落の若い世代への価値認
識、都市部住民への働きかけ
より大きな視点として
植生保護策としての「天然記念物」
の課題
• 天然記念物だけの保全は難しい。
隣接地・他の制度と合わせて、
長期的な保全を図る必要。
• 中長期の保全管理計画をもつこ
と、そして順応的管理が重要
• 地域でモニタリングできる人材
の結集と養成が必要。
• 文化行政と環境行政の連携を構
築する必要、橋渡しとしての博
物館
小規模ブナ林の保全戦略の構築と
情報共有
• 温暖化だからあきらめる、では
ない長期的な視野での「激変緩
和」戦略の必要性
• 小規模に転々と残るブナ林の保
全意義の再検討
(地域の生物多様性保全上の意
義は明らか、広域には様々な構
成種の遺伝的交流などはどうな
のか、などなど)
• 開花や結実情報の共有なども
ご支援、ご協力を
• 左の委員会は佐久間が最年少
という状況です。今後、地域
の保全を図っていくためにも
若い生態学者のみなさまを中
心にご支援、参画、ご示唆を
いただければ幸いです。
• 10 カ 年 計 画 は 今 月 中 に
岸和田市・貝塚市のホーム
ページ等に公表されます。ど
うぞコメントなどをおよせく
ださい。
令和2年度 和泉葛城山ブナ林保護増殖検討委員会
委員
布谷 知夫 三重県総合博物館 前館長 同特別顧問
佐久間 大輔 大阪市立自然史博物館 学芸課長代理
前中 久行 NPO法人緑の地球ネットワーク代表
田中 正視 貝塚市文化財保護審議委員
森川 利信
(元)大阪府立大学大学院生命環境科学研究科
教授
大野 広 大阪府教育庁文化財保護課長
田中 敏行
大阪府環境農林水産部みどり推進室みどり企画
課長
牟田 親也 岸和田市教育委員会生涯学習部長
樽谷 修一 貝塚市教育委員会教育部長
岡本 素治 岸和田市立岸和田自然資料館館長
高橋 寛幸 貝塚市立自然遊学館館長
牧野 純子 (公財)大阪みどりのトラスト協会事務局長
オブザーバー
幸田 良介
(地独)大阪府立環境農林水産総合研究所
環境研究部自然環境グループリーダー
事務局
貝塚市 貝塚市教育委員会教育部社会教育課
当番市 岸和田市 岸和田市教育委員会生涯学習部郷土文化課
(財)大阪みどりのトラスト協会

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