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⑪アダムの家庭を中心とする復帰摂理
- 3. Ⅰ . 信仰基台 条件物 み言 蕩減復帰 不信 供え物 条件物 神 アダム 神 堕 · ア
- 4. 中心人物 供え物 : アダム カイン , アベル 二人の主人に相対 ( 非原理的立場 ) 神 アダム
- 6. エバの堕落の経路 2 番目 最初 に帰ろうと する心情 過分な欲望 肉的堕落 霊的堕落 原理的 相対 非原理的 相対 神 アダム エ バ 天使長
- 7. 善悪の表示体 愛の 2 番目の実 愛の最初の実 善の表示体 悪の表示体 2 番目 最初 肉的堕落 霊的堕落 原理的 相対 非原理的 相対 アベル カイン アダム エ バ 天使長
- 8. 次子 長子 未練 原理の世界 先に占有 非原理的な 原理型世界 アダム アベル カイン
- 11. 実体基台 Ⅱ . 実体基台 堕落性を脱ぐ 為の蕩減条件 反対の経路 アダム カイン アベル
Notas del editor
- 「メシヤのための基台」を立てて、堕落人間を復帰なさろうとする摂理は、既にアダムの家庭から始まっていたのである。 アダムの家庭が「 信仰基台 」と「 実体基台 」とを復帰する蕩減条件を立てて、それによって「 メシヤのための基台 」をつくり、その上でメシヤを迎えるのでなければ、 復帰摂理 は成就できないのである。
- 第一に、「信仰基台」を復帰するためには、それを蕩減復帰するための何らかの条件物がなければならない。 アダムは「信仰基台」を立てるための条件として下さった神のみ言を、その不信仰のために失ってしまったのである。 このように神の み言を直接受けることができない立場にまで堕落してしまったアダム が 、その「信仰基台」を復帰するためには、彼が信仰によって、そのみ言の代わりとなる何らかの 条件物 を、 神 のみ意にかなうように立てなければならなかったのである。 それが すなわち 供え物 であった。
- 第二に、「信仰基台」を復帰するためには、その基台を復帰できる中心人物がいなければならない。アダムの家庭における中心人物は、もちろんアダム自身であった。 しかし、聖書の記録を見ると、 アダム が供え物をささげたとは書かれておらず、 カインとアベル のときから供え物をささげたとなっている。 その理由は創造原理によれば、人間は本来、一人の主人にのみ対応するように創造された ので 、 二人の主人に対応する 立場に立っている存在を相手にして、創造原理的な摂理を行うことはできない。 もし神が、アダムとその供え物に対応しようとすれば、サタンもまた、アダムと血縁関係があるのを条件として、アダムと対応しようとするので 、 そうなると結局 アダム は、 神 と サタン という二人の主人に対応するという 非原理的な立場 に立つようになる。
- このよう に神は 善悪二つの性品の母体 となったアダムを、 善性品的な存在 と 悪性品的な存在 との二つに分立する摂理をなさらなければならなかったのである。 このような目的のために、神はアダムの 二人の子 を、各々善悪二つの表示体として分立されたのち、彼らに、 神 か サタン かのどちらか一方だけが各々対応することのできる、すなわち、一人の主人とのみ相対する、原理的な立場に立ててから、各自供え物をささげるように仕向けられたのである。
- それでは、カインとアベルは、どちらも同じアダムの子であるが、そのうちだれを善の表示体として神と対応し得る立場に立て、また、だれを悪の表示体としてサタンと対応し得る立場に立てるべきであったのだろうか。 それは 堕落の母体であるエバの堕落の経路によって、そのいずれかを決定しなければならなかったのである。 エバの堕落は、二つの不倫な愛の行動によって成立した。 最初 の堕落行為は、時ならぬ時に時のことを望む 過分な欲望 が動機となり、非原理的な相対である 天使長 と関係を結んだ 霊的堕落 であり、 二番目 の堕落行為は、再び 神の側に戻りたいと願う心情 が動機となって、原理的な相対である アダム と関係を結んだ 肉的堕落 であった。
- ここではどちらが より原理的であり、より許し得る行為であるかといえば、 最初 の愛による堕落行為 だと見ることはできない。 したがって 、カインは愛の初めの実であるので、 最初の 堕落行為を表徴する悪の表示体として、アベルは愛の二番目の実であるがゆえに、二番目の堕落行為を表徴する 善の表示体 として立てられたのである。
- 神が創造された原理の世界を、 サタンが先に占有 したので、神に先立って、サタンが先に 非原理的な立場からその原理型の世界 をつくっていくようになった。 元来、神は長子を立てて、長子にその嗣 業 を継承させようとなさった原理的な基準があるので、サタンも、二番目のものよりも、最初のものに対する 未練 が一層大きかった。 ここで サタンは、既に被造世界を占有する立場にあったので、 長子カイン を先に取ろうとした。したがって、神はサタンが未練をもって対応するカインよりも、 アベル と対応することを選び給うたのである。
- これに対する 実例を聖書の中から探して みれば 、 イスラエル民族がエジプトを去るとき、エジプトの民のみならず、家畜に至るまで、 初子 をことごとく撃った (出エ 12:29 )。 これは、それらがみな カインの立場 として、サタンの対象であったからである。 創世記二五章 23 節 を見れば、神はまだ生まれる以前の母の腹の中にいる胎児のときから 長子エサウ を憎み、 次子ヤコブ を愛したという記録がある。これは、長子、次子という名分だけで、彼らは、既に各々カインとアベルの立場にあったからである。
- このような原理によって、 神 と サタンを 各々一人の主人として対応できる位置に アベル と カイン を立てておいて、供え物をささげるようにされたのである。 カインはサタンが取ることのできる相対的な立場に立てられていたので、神がその 供え物を取 られなかった。 アベルは神が取ることのできる相対的な立場で、信仰によって神のみ意にかなうように 供え物 をささげたから、神はそれを受けられた。 このようにして、アダムの家庭が立てるべき「 信仰基台 」がつくられるようになったのである。
- アダムの家庭において「 実体基台 」がつくられるためには、 カイン が「 堕落性を脱ぐための蕩減条件 」を立てることにより、神がその献祭を喜んで受け得るような条件を立てるべきだったのである。 堕落人間がその堕落性を脱ぐためには、その堕落性本性をもつようになった経路と 反対の経路 をたどることによって、蕩減条件を立てなければならなかったのである。
- 第一に 天使長 が、神の愛をより多く受けていた アダム を愛することができなかったことによって堕落したので、「 神と同じ立場 をとれない堕落性」が生じた。 第 二に、天使長が、神にもっと近かったアダムを仲保に立て、彼を通じて神の愛を受けようとはせず、かえってアダムの位置を奪おうとして堕落してしまったので、「 自己の位置 を離れる堕落性」が生じた。 第三に、天使長はエバとアダムを逆に主管して堕落したので、「 主管性を転倒 する堕落性」が生じた。 最後に、天使長は エバに、エバはアダムに 取って食べてもよいという不義の言葉を伝えて堕落したので、「 罪を繁殖 する堕落性」が生じた。
- それゆえに、この堕落性を脱ぐためには、 第一に 天使長の立場にいるカインがアダムの立場にいる アベルを愛して 、神の立場にあるのと同じ立場をとるべきであったのである。 第二に カインが アベルを仲保 として、彼を通じて神の愛を受け なければならない。 第三に カインがアベルに従順に屈伏して、彼の主管を受け なければならない。 最後に カインが アベルから善のみ言 を伝え受けて、善を繁殖 しなければならない。
- 修道の生活 は、ちょうどアベルにカインが順応しなければならないのと同様に、天のみ旨を指向する 心 の命令に 体 を順応させる生活であるともいえる。 また 人間 は堕落して、万物よりも劣った (エレミヤ 17:9 ) 立場にまで落ちたので、 万物 をアベルの立場に立てて、それを通してのみ神の前に出ることができたのであるが、これがすなわち 献祭 である。 人間が常に立派な 指導者や親友 を探し求めようとするのは、結果的に見るならば、より天の側に近いアベル型の存在を 求めて彼と一体化 し、天の側に近く立とうとする天心から起こる行為である。 イエス は、全人類がその前に 従順に屈伏 しなければならないアベル的な存在として、この世に来られたお方である。したがって、彼によらなくては、天国に入る者がないのである 。
- もし、アダムの家庭で、カインがアベルに従順に屈伏することによって「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てたならば、彼らは「実体基台」を立て、「メシヤのための家庭的基台」を復帰したはずであった。 しかるに、 カインがアベルを殺害 することによって、天使長が人間を堕落せしめた堕落性本性を反復するようになり、アダムの家庭が立てるべきであった「 実体基台 」は立てられなかった。 したがって、 アダムの家庭を中心とする復帰摂理は成し遂げられなかったのである 。