SlideShare una empresa de Scribd logo
1 de 3
Descargar para leer sin conexión
統計的推定の基礎2
分散の推定
市東 亘
2021 年 9 月 9 日
1 はじめに
証券の収益率は Rt は,平均 β を中心に,Rt ∼ iid(β, σ2
),εt ∼ iid(0, σ2
) で統計モデル,
1
Rt = β + εt t = 1, · · · , T (1)
に従うと仮定した.ここで,Rt の期待値 β の推定の仕方は既に学んだが,母集団分散 σ2
はまだ
分かっていない.
さらに,Rt の期待値の推定値 b の分散は,V ar[b] = σ2
/T なため,推定量 b の性質を知る際に
も母集団分散 σ2
が必要である.ここでは,標本データから,どのようにして母集団分散を推定す
るかを学ぶ.
Rt の期待値を推定するのに用いた最小二乗法の問題,
min
b
S =
T
∑
t=1
(rt − b)2
は,分散 σ2
の項を含まないので,この方法で分散を推定することはできない.
ここでは,以下のようなアプローチで母集団分散 σ2
を推定する.誤差項 εt の期待値は,E[εt] = 0
であったことを思い出そう.したがって,σ2
は以下のように書くことができる.
σ2
= V ar[εt] = E[ε2
t ] (2)
練習問題 1 (2) 式の V ar[εt] = E[ε2
t ] を導出せよ.
(2) 式より,我々が求めたい母集団分散は誤差項の 2 乗 ε2
t の期待値と等しいことが分かる.確率
変数の期待値の推定はもう既に学んだ.すなわち,ε2
t の母集団は観察不可能だが,その標本デー
タから,確率変数 ε2
t の期待値を最小二乗法を用いて推定することができる.その結果はもう既に
学んだ通り算術平均を求めればよい.
しかし,ここにひとつ問題が生じる.(1) 式から,εt = Rt − β である.εt の標本を得るには,Rt
の標本を抽出し,そこから β を引かなければならない.もし,β の正確な値が分かっていれば,σ2
1εt は確率変数であったことを思い出そう.各期 t,( t = 1, · · · , T ) の誤差項は,その期にならなければ確定しないた
め確率変数である.一方,β は仮定より定数である.β はこのモデルの中では定数であるが,β には定数であればどのよう
な数値が入ってもよい.このように,
、
 
定
、
 
数
、
 
を
、
 
表
、
 
す
、
 
変
、
 
数を特にパラメータと呼ぶ.
1
www.seinan-gu.ac.jp/˜shito 2021 年 9 月 9 日(17:17) 更新版
の推定量 σ̃2
は,
σ̃2
=
(R1 − β)2
+ (R2 − β)2
+ · · · + (RT − β)2
T
(3)
=
ε2
1 + ε2
2 + · · · + ε2
T
T
(4)
で表される.しかし,β は Rt の母集団期待値で,その真の値を我々は知らない.
ここで,εt = Rt − β の β をその推定量 b で置き換え,et を
et = Rt − b (5)
と定義すると,以下のように σ2
のもう一つの推定量を得る.
σ̃2
=
e2
1 + e2
2 + · · · + e2
T
T
=
T
∑
t=1
e2
t /T (6)
この推定量は,前回学んだ一致性を満たす期待値の推定量に基づいており,非常に受け入れやすい
推定方法だろう.しかし,この推定量が本当に適切かどうかを判断するには,その性質を詳しく調
べる必要がある.すなわち,標本データから推定された σ̃2
の期待値は母集団のそれと一致するの
か,さらに推定値はどれくらいのばらつきがあるのかを調べる必要がある.
2 分散の不偏推定量
まず,(6) 式で導出した σ̃2
の期待値をとってみよう.
E[σ̃2
] = E[
T
∑
t=1
e2
t ]/T (7)
ここで,E[e2
t ] について考える.et = Rt − b,Rt = β + εt,R̄ = β + ε̄ であることを考慮すると,
et = εt − ε̄ と書き換えられる.ただし,R̄ =
∑T
t=1 Rt/T,ε =
∑T
t=1 εt/T である.したがって,
E[e2
t ] = E[(εt − ε̄)2
]
= E[ε2
t ] − 2E[εtε̄] + E[ε̄2
] (8)
となる.(8) 式の各項を見ていく.一項目は,
εt ∼ iid(0, σ2
)
より σ2
になる.二項目は,εt が仮定より各期独立で,E[εiεj] = 0,for i ̸= j なので以下を得る.
E[εtε̄] = E
[
εt
∑T
i εi
T
]
=
σ2
T
西南学院大学 経済学部 2 演習 I・II 市東 亘
www.seinan-gu.ac.jp/˜shito 2021 年 9 月 9 日(17:17) 更新版
三項目も,上と同様各期独立の仮定を用いると,σ2
/T になることが分かる.以上をまとめると,
(8) 式は,
E[e2
t ] = σ2
− 2
σ2
T
+
σ2
T
=
(T − 1)σ2
T
になり,T 個の誤差項の和をとると,
E[
T
∑
t
e2
t ] = (T − 1)σ2
(9)
を得る.(9) 式を (7) 式に代入すると,
E[σ̃2
] =
(T − 1)σ2
T
< σ2
で,この推定量は分散を小さく見積り過ぎていることが分かる.したがって,biased estimator
である.(9) 式を見ると,不偏推定量を求めるには,誤差項の平方和を T ではなく T − 1 で割って
やればよいことが分かる.つまり,母集団分散 σ2
の不偏推定量 σ̂2
は,
σ̂2
=
∑T
t e2
t
T − 1
になる.
練習問題 2 不偏分散推定量を求める上の手順にならい,証券 A と証券 B の収益率の共分散 σAB
の不偏推定量 σ̂AB が
σ̂AB =
∑T
t eAteBt
T − 1
になることを示せ.
西南学院大学 経済学部 3 演習 I・II 市東 亘

Más contenido relacionado

Más de Wataru Shito

第4章 確率的学習---単純ベイズを使った分類
第4章 確率的学習---単純ベイズを使った分類第4章 確率的学習---単純ベイズを使った分類
第4章 確率的学習---単純ベイズを使った分類Wataru Shito
 
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 3.講義ノート
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 3.講義ノート演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 3.講義ノート
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 3.講義ノートWataru Shito
 
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 3.スライド
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 3.スライド演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 3.スライド
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 3.スライドWataru Shito
 
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 2.講義ノート
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 2.講義ノート演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 2.講義ノート
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 2.講義ノートWataru Shito
 
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 2.スライド
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 2.スライド演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 2.スライド
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 2.スライドWataru Shito
 
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 1.講義ノート
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 1.講義ノート演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 1.講義ノート
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 1.講義ノートWataru Shito
 
マクロ経済学I 「第8章 総需要・総供給分析(AD-AS分析)」
マクロ経済学I 「第8章 総需要・総供給分析(AD-AS分析)」マクロ経済学I 「第8章 総需要・総供給分析(AD-AS分析)」
マクロ経済学I 「第8章 総需要・総供給分析(AD-AS分析)」Wataru Shito
 
経済数学II 「第9章 最適化(Optimization)」
経済数学II 「第9章 最適化(Optimization)」経済数学II 「第9章 最適化(Optimization)」
経済数学II 「第9章 最適化(Optimization)」Wataru Shito
 
マクロ経済学I 「第10章 総需要 II.IS-LM分析とAD曲線」
マクロ経済学I 「第10章 総需要 II.IS-LM分析とAD曲線」マクロ経済学I 「第10章 総需要 II.IS-LM分析とAD曲線」
マクロ経済学I 「第10章 総需要 II.IS-LM分析とAD曲線」Wataru Shito
 
第9回 大規模データを用いたデータフレーム操作実習(3)
第9回 大規模データを用いたデータフレーム操作実習(3)第9回 大規模データを用いたデータフレーム操作実習(3)
第9回 大規模データを用いたデータフレーム操作実習(3)Wataru Shito
 
第8回 大規模データを用いたデータフレーム操作実習(2)
第8回 大規模データを用いたデータフレーム操作実習(2)第8回 大規模データを用いたデータフレーム操作実習(2)
第8回 大規模データを用いたデータフレーム操作実習(2)Wataru Shito
 
経済数学II 「第12章 制約つき最適化」
経済数学II 「第12章 制約つき最適化」経済数学II 「第12章 制約つき最適化」
経済数学II 「第12章 制約つき最適化」Wataru Shito
 
マクロ経済学I 「第9章 総需要 I」
マクロ経済学I 「第9章 総需要 I」マクロ経済学I 「第9章 総需要 I」
マクロ経済学I 「第9章 総需要 I」Wataru Shito
 
経済数学II 「第11章 選択変数が2個以上の場合の最適化」
経済数学II 「第11章 選択変数が2個以上の場合の最適化」経済数学II 「第11章 選択変数が2個以上の場合の最適化」
経済数学II 「第11章 選択変数が2個以上の場合の最適化」Wataru Shito
 
マクロ経済学I 「第6章 開放経済の長期分析」
マクロ経済学I 「第6章 開放経済の長期分析」マクロ経済学I 「第6章 開放経済の長期分析」
マクロ経済学I 「第6章 開放経済の長期分析」Wataru Shito
 
経済数学II 「第8章 一般関数型モデルの比較静学」
経済数学II 「第8章 一般関数型モデルの比較静学」経済数学II 「第8章 一般関数型モデルの比較静学」
経済数学II 「第8章 一般関数型モデルの比較静学」Wataru Shito
 
マクロ経済学I 「第4,5章 貨幣とインフレーション」
マクロ経済学I 「第4,5章 貨幣とインフレーション」マクロ経済学I 「第4,5章 貨幣とインフレーション」
マクロ経済学I 「第4,5章 貨幣とインフレーション」Wataru Shito
 
マクロ経済学I 「第3章 長期閉鎖経済モデル」
マクロ経済学I 「第3章 長期閉鎖経済モデル」マクロ経済学I 「第3章 長期閉鎖経済モデル」
マクロ経済学I 「第3章 長期閉鎖経済モデル」Wataru Shito
 
経済数学II 「第7章 微分法とその比較静学への応用」
経済数学II 「第7章 微分法とその比較静学への応用」経済数学II 「第7章 微分法とその比較静学への応用」
経済数学II 「第7章 微分法とその比較静学への応用」Wataru Shito
 
経済数学II 「第6章 比較静学と導関数の概念」
経済数学II 「第6章 比較静学と導関数の概念」経済数学II 「第6章 比較静学と導関数の概念」
経済数学II 「第6章 比較静学と導関数の概念」Wataru Shito
 

Más de Wataru Shito (20)

第4章 確率的学習---単純ベイズを使った分類
第4章 確率的学習---単純ベイズを使った分類第4章 確率的学習---単純ベイズを使った分類
第4章 確率的学習---単純ベイズを使った分類
 
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 3.講義ノート
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 3.講義ノート演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 3.講義ノート
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 3.講義ノート
 
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 3.スライド
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 3.スライド演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 3.スライド
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 3.スライド
 
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 2.講義ノート
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 2.講義ノート演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 2.講義ノート
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 2.講義ノート
 
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 2.スライド
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 2.スライド演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 2.スライド
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 2.スライド
 
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 1.講義ノート
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 1.講義ノート演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 1.講義ノート
演習II.第1章 ベイズ推論の考え方 Part 1.講義ノート
 
マクロ経済学I 「第8章 総需要・総供給分析(AD-AS分析)」
マクロ経済学I 「第8章 総需要・総供給分析(AD-AS分析)」マクロ経済学I 「第8章 総需要・総供給分析(AD-AS分析)」
マクロ経済学I 「第8章 総需要・総供給分析(AD-AS分析)」
 
経済数学II 「第9章 最適化(Optimization)」
経済数学II 「第9章 最適化(Optimization)」経済数学II 「第9章 最適化(Optimization)」
経済数学II 「第9章 最適化(Optimization)」
 
マクロ経済学I 「第10章 総需要 II.IS-LM分析とAD曲線」
マクロ経済学I 「第10章 総需要 II.IS-LM分析とAD曲線」マクロ経済学I 「第10章 総需要 II.IS-LM分析とAD曲線」
マクロ経済学I 「第10章 総需要 II.IS-LM分析とAD曲線」
 
第9回 大規模データを用いたデータフレーム操作実習(3)
第9回 大規模データを用いたデータフレーム操作実習(3)第9回 大規模データを用いたデータフレーム操作実習(3)
第9回 大規模データを用いたデータフレーム操作実習(3)
 
第8回 大規模データを用いたデータフレーム操作実習(2)
第8回 大規模データを用いたデータフレーム操作実習(2)第8回 大規模データを用いたデータフレーム操作実習(2)
第8回 大規模データを用いたデータフレーム操作実習(2)
 
経済数学II 「第12章 制約つき最適化」
経済数学II 「第12章 制約つき最適化」経済数学II 「第12章 制約つき最適化」
経済数学II 「第12章 制約つき最適化」
 
マクロ経済学I 「第9章 総需要 I」
マクロ経済学I 「第9章 総需要 I」マクロ経済学I 「第9章 総需要 I」
マクロ経済学I 「第9章 総需要 I」
 
経済数学II 「第11章 選択変数が2個以上の場合の最適化」
経済数学II 「第11章 選択変数が2個以上の場合の最適化」経済数学II 「第11章 選択変数が2個以上の場合の最適化」
経済数学II 「第11章 選択変数が2個以上の場合の最適化」
 
マクロ経済学I 「第6章 開放経済の長期分析」
マクロ経済学I 「第6章 開放経済の長期分析」マクロ経済学I 「第6章 開放経済の長期分析」
マクロ経済学I 「第6章 開放経済の長期分析」
 
経済数学II 「第8章 一般関数型モデルの比較静学」
経済数学II 「第8章 一般関数型モデルの比較静学」経済数学II 「第8章 一般関数型モデルの比較静学」
経済数学II 「第8章 一般関数型モデルの比較静学」
 
マクロ経済学I 「第4,5章 貨幣とインフレーション」
マクロ経済学I 「第4,5章 貨幣とインフレーション」マクロ経済学I 「第4,5章 貨幣とインフレーション」
マクロ経済学I 「第4,5章 貨幣とインフレーション」
 
マクロ経済学I 「第3章 長期閉鎖経済モデル」
マクロ経済学I 「第3章 長期閉鎖経済モデル」マクロ経済学I 「第3章 長期閉鎖経済モデル」
マクロ経済学I 「第3章 長期閉鎖経済モデル」
 
経済数学II 「第7章 微分法とその比較静学への応用」
経済数学II 「第7章 微分法とその比較静学への応用」経済数学II 「第7章 微分法とその比較静学への応用」
経済数学II 「第7章 微分法とその比較静学への応用」
 
経済数学II 「第6章 比較静学と導関数の概念」
経済数学II 「第6章 比較静学と導関数の概念」経済数学II 「第6章 比較静学と導関数の概念」
経済数学II 「第6章 比較静学と導関数の概念」
 

統計的推定の基礎 2 -- 分散の推定

  • 1. 統計的推定の基礎2 分散の推定 市東 亘 2021 年 9 月 9 日 1 はじめに 証券の収益率は Rt は,平均 β を中心に,Rt ∼ iid(β, σ2 ),εt ∼ iid(0, σ2 ) で統計モデル, 1 Rt = β + εt t = 1, · · · , T (1) に従うと仮定した.ここで,Rt の期待値 β の推定の仕方は既に学んだが,母集団分散 σ2 はまだ 分かっていない. さらに,Rt の期待値の推定値 b の分散は,V ar[b] = σ2 /T なため,推定量 b の性質を知る際に も母集団分散 σ2 が必要である.ここでは,標本データから,どのようにして母集団分散を推定す るかを学ぶ. Rt の期待値を推定するのに用いた最小二乗法の問題, min b S = T ∑ t=1 (rt − b)2 は,分散 σ2 の項を含まないので,この方法で分散を推定することはできない. ここでは,以下のようなアプローチで母集団分散 σ2 を推定する.誤差項 εt の期待値は,E[εt] = 0 であったことを思い出そう.したがって,σ2 は以下のように書くことができる. σ2 = V ar[εt] = E[ε2 t ] (2) 練習問題 1 (2) 式の V ar[εt] = E[ε2 t ] を導出せよ. (2) 式より,我々が求めたい母集団分散は誤差項の 2 乗 ε2 t の期待値と等しいことが分かる.確率 変数の期待値の推定はもう既に学んだ.すなわち,ε2 t の母集団は観察不可能だが,その標本デー タから,確率変数 ε2 t の期待値を最小二乗法を用いて推定することができる.その結果はもう既に 学んだ通り算術平均を求めればよい. しかし,ここにひとつ問題が生じる.(1) 式から,εt = Rt − β である.εt の標本を得るには,Rt の標本を抽出し,そこから β を引かなければならない.もし,β の正確な値が分かっていれば,σ2 1εt は確率変数であったことを思い出そう.各期 t,( t = 1, · · · , T ) の誤差項は,その期にならなければ確定しないた め確率変数である.一方,β は仮定より定数である.β はこのモデルの中では定数であるが,β には定数であればどのよう な数値が入ってもよい.このように, 、   定 、   数 、   を 、   表 、   す 、   変 、   数を特にパラメータと呼ぶ. 1
  • 2. www.seinan-gu.ac.jp/˜shito 2021 年 9 月 9 日(17:17) 更新版 の推定量 σ̃2 は, σ̃2 = (R1 − β)2 + (R2 − β)2 + · · · + (RT − β)2 T (3) = ε2 1 + ε2 2 + · · · + ε2 T T (4) で表される.しかし,β は Rt の母集団期待値で,その真の値を我々は知らない. ここで,εt = Rt − β の β をその推定量 b で置き換え,et を et = Rt − b (5) と定義すると,以下のように σ2 のもう一つの推定量を得る. σ̃2 = e2 1 + e2 2 + · · · + e2 T T = T ∑ t=1 e2 t /T (6) この推定量は,前回学んだ一致性を満たす期待値の推定量に基づいており,非常に受け入れやすい 推定方法だろう.しかし,この推定量が本当に適切かどうかを判断するには,その性質を詳しく調 べる必要がある.すなわち,標本データから推定された σ̃2 の期待値は母集団のそれと一致するの か,さらに推定値はどれくらいのばらつきがあるのかを調べる必要がある. 2 分散の不偏推定量 まず,(6) 式で導出した σ̃2 の期待値をとってみよう. E[σ̃2 ] = E[ T ∑ t=1 e2 t ]/T (7) ここで,E[e2 t ] について考える.et = Rt − b,Rt = β + εt,R̄ = β + ε̄ であることを考慮すると, et = εt − ε̄ と書き換えられる.ただし,R̄ = ∑T t=1 Rt/T,ε = ∑T t=1 εt/T である.したがって, E[e2 t ] = E[(εt − ε̄)2 ] = E[ε2 t ] − 2E[εtε̄] + E[ε̄2 ] (8) となる.(8) 式の各項を見ていく.一項目は, εt ∼ iid(0, σ2 ) より σ2 になる.二項目は,εt が仮定より各期独立で,E[εiεj] = 0,for i ̸= j なので以下を得る. E[εtε̄] = E [ εt ∑T i εi T ] = σ2 T 西南学院大学 経済学部 2 演習 I・II 市東 亘
  • 3. www.seinan-gu.ac.jp/˜shito 2021 年 9 月 9 日(17:17) 更新版 三項目も,上と同様各期独立の仮定を用いると,σ2 /T になることが分かる.以上をまとめると, (8) 式は, E[e2 t ] = σ2 − 2 σ2 T + σ2 T = (T − 1)σ2 T になり,T 個の誤差項の和をとると, E[ T ∑ t e2 t ] = (T − 1)σ2 (9) を得る.(9) 式を (7) 式に代入すると, E[σ̃2 ] = (T − 1)σ2 T < σ2 で,この推定量は分散を小さく見積り過ぎていることが分かる.したがって,biased estimator である.(9) 式を見ると,不偏推定量を求めるには,誤差項の平方和を T ではなく T − 1 で割って やればよいことが分かる.つまり,母集団分散 σ2 の不偏推定量 σ̂2 は, σ̂2 = ∑T t e2 t T − 1 になる. 練習問題 2 不偏分散推定量を求める上の手順にならい,証券 A と証券 B の収益率の共分散 σAB の不偏推定量 σ̂AB が σ̂AB = ∑T t eAteBt T − 1 になることを示せ. 西南学院大学 経済学部 3 演習 I・II 市東 亘